3-28 ウィルの隠し事
私の不安をよそに、ウィル様とアシュリー様、殿下の話は進んでいく。話題は、テロ事件の犯人、ヒースのことだ。
「――『前回』ウィリアム殿が得た情報によると、その犯人は、隣国王家の血を引いていたのでしょう? 彼を操って国王陛下を暗殺、その犯人を処刑する。その後で犯人の出自を明かし、隣国との戦争の引き金になるよう罠を張っていたとか」
「ええ。『前回』は確かにそうでした。ですが、結局あの時もテロは失敗し、取り調べ中に犯人がそのことを自供したため、処刑はなくなり、すぐさま戦争に発展することもありませんでした。ただ……その後から国内外の空気が一変したのは、以前お話しした通りです」
「戦争、ですか……。やはり隣国と教会が手を結んでいるということでしょうか。教会にとって、戦争が起こることによるメリットは何でしょうね」
アシュリー様は、ため息をついて額に手を当てる。
「……戦争で人が傷つくと、聖女の仕事が増える。寄付金も増える……そんなところじゃないのか? 呪いを市井に広めようとしているのだって、それが理由なのだろう?」
「その可能性は、充分考えられます。私たち魔法騎士団の調査によると、平民街には呪いは蔓延しておらず、貴族がターゲットになっているようですし。それに……ずっと教会に通い続けている人々の話を聞いたところ、最近、神官たちの羽振りが良さそうだという証言も多数取れています」
アシュリー様の疑問に王太子殿下が答え、さらにウィル様が補足する。
「……それで経済が停滞したら、元も子もないと思うのだがな」
「ええ。一時的には儲かるかもしれませんが、長期化して生活基盤、経済基盤が崩れれば、教会にとっても害でしかないはずですけどね」
「ふむ……やはりトップが阿呆なのか? 他の神官どもは何をやっている?」
殿下たちは、重いため息をついた。
――三人の話はあまりにも恐ろしくて、私には現実味を感じられない。
殿下とアシュリー様は、会話を続ける。
「教会のトップ……大神官長は、表舞台に現れない。その姿も、年齢も、一切が不明だ。だが、ここ数年で、大神官長が代替わりしたのではないかという噂が流れていたな」
教会を管理する神官たちには、ランクがある。
一つの教会には、一人から二人の神官がおり、その責任者が神官長。その街の全ての神官長を束ねるのが、大神官。
さらに、全ての大神官を束ね、国内の全教会のトップに君臨するのが、大神官長だ。
「ええ。ここ数年で、教会の運営方針が、がらりと変わったようですね。神官の数は激減し、神殿騎士団の動向もその頃から変化したとか」
「その神殿騎士団に関しても、不透明で今ひとつわからん機関だ。何やら派閥争いがあるという噂も出ていたが、教会の方針が変わった以降、その噂は聞かなくなったな」
「ローズによると、その頃から、聖女と神殿騎士たちに、大きな異動命令が続いているようですよ。王都外、北の方面にある教会の人材を厚くしているとか」
「そうなってくると、やはり北の隣国との戦いに備えているように思えるな」
「ええ」
「……父上が早く気づいて、阻止してくれることを祈るが……ううむ」
そこで重い沈黙が落ちる。
私は、他の人の邪魔にならないように、小さな声で隣に座るウィル様に質問をした。
「あの、ウィル様……伺っても、いいですか」
「どうしたんだい、ミア」
ウィル様は、ようやく私と目を合わせてくれた。その新緑色の瞳には、疲れと不安が滲んでいる。
「皆様が先程おっしゃっていた、『前回』『今回』とは何のことですか? ヒースは、前にも罪を犯していたのですか?」
「あ、いや……そうであって、そうじゃないんだけど」
「どういうことですの?」
「……別の時に、同じことがあったという話だよ」
「……? よく、わかりませんわ」
「後で話すよ」
ウィル様は、ただ静かに微笑んでいる。
重いなにかを、その笑顔の裏に隠して。
「……絶対に話して下さいね。約束ですよ?」
「ああ、約束するよ。いずれミアにも話さなきゃいけないことだったしね」
ウィル様は、そうは言ったものの、まるで何かに怯えているかのように、目を伏せる。
――他の三人が会話をやめて、心配そうな視線をこちらに送っていることには、気がついていないようだった。
三人は、隣国と教会の話を終える。話題は魔法師団のことに変わり、話し手が、シュウ様に移る。
途中でアシュリー様が紅茶のおかわりを用意して、話を続けていたところで、突然、ガチャリと牢屋の扉が開かれた。
現れたのは、白い神殿騎士の制服を着た、青い長髪の男性――彼は、室内に入ると、扉を閉めて帽子を脱いだ。
「ん? 早いな、もう済んだのか?」
「いえ、殿下。恐れながら、状況報告に参りました。神殿騎士、カッコ仮、アイザックと申します」
「カッコ仮……って、兄上!?」
帽子を胸元に当てて頭を下げているのは、オースティン伯爵家の嫡男、アイザック様であった。
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