3-9 南の丘教会 ★ヒース視点



 ヒース視点です。


――*――


 オレは、焦っていた。

 聖女マリィに依頼し、エヴァンズ子爵邸内を調査してもらったのだが――それにも関わらず、呪いにかかった者どころか、呪いのストール自体も出てこなかったのだ。


「どこかへ移動してしまったのか? 誰かに贈ってしまったとか……」


 オスカーの怪我と、ミアが呪いに冒されている可能性を『南の丘教会』の聖女マリィに伝えたのは、オレだった。

 それは、ガードナー侯爵家や『紅い目の男』の意向とは関係ない。

 ただ、自分がオスカーやミアを『紅い目の男』やデイジーの暴走に巻き込んでしまったという罪悪感から、詳細は告げず、「さる筋からの情報」として依頼を出したのだ。


 思ったより傷が深くなかったのか、それともセバスチャンか誰かが治療したのだろうか――オスカーはどうやら無事だったようだ。

 だが、ミアは……呪いは進行していないだろうか。



 オレは、エヴァンズ子爵家に何の不満も持っていなかった。

 マーガレットのお守りという大変な仕事はあったが、『紅い目の男』の命令でデイジーの下につき続けているよりはずっと楽だった。

 エヴァンズ子爵家には、むしろ恩を感じているほどだ。


 ……ミアがいるとしたら、やはりオースティン伯爵家だろうか。

 もしかしたら、ストールもミアが持って行ったのかもしれない。

 だとしたら、状況はあまり良くない――オースティン伯爵家がミアを囲っているとしたら、ウィリアムは絶対に彼女も、彼女の持ち物も差し出さないだろう。


「ヒースさん。その情報、本当に信頼できる人からの情報なんですかぁ?」


 聖女マリィは、間延びした声で尋ねた。


「ああ。なぜなら、オレ自身が……」


 オレは、自分がオスカーの怪我とミアの呪いの原因だと言えずに、口ごもった。


「ヒースさん自身が、どうしたんですかぁ?」


 マリィは、オレをじっと見て、首をかしげている。


「……なんでもない」


「……うーん。言いたくなったら、いつでも言って下さいねぇ。皆さんのお悩みを解決するのが、私の仕事ですからぁ」


 マリィは、聖女らしく、純粋な顔で笑う。それを見てオレは、しばらく会っていない、リリーのことを思い出した。

 彼女は元気だろうか。誰かに保護されたのだろうか、それともまだガードナー侯爵家のあの納屋にいるのだろうか――。


「あ、そういえば。子爵のお子さんたちお留守だったから、あの子と話せなかったなぁ。ステラさんにすごく似ていたから、少しお話してみたかったんだけどなぁー」


「ステラ?」


「ヒースさんは来たばかりだから、会ったことないですよねぇ。何年か前までここにいたんですけど、ある日突然、いなくなっちゃったんですぅ。優しい聖女様だったんですよぉ」


「ステラ……その聖女と、エヴァンズ子爵家の誰かが似ているのか?」


「はい! うり二つだったんですよぉ、年齢は親子ぐらい離れてるけど。銀色の髪と青い瞳の、とっても綺麗な方でしたぁ」


「……!」


 エヴァンズ子爵家で銀髪といえば、該当する人物は一人しかいない。


 ――ミア・ステラ・エヴァンズ。

 

 まさか……ミアは聖女の血を引いているのか? なら、もしかしたら――。


「……マリィ。もう、調査は打ち切って大丈夫だ」


「え? いいんですかぁ? だって、呪いとか怪我とかは」


「おそらく、エヴァンズ子爵家からはもう何も出てこないはずだ。無駄足を踏ませて、悪かった」


「そうですかぁ? うーん……なんかモヤッとしますけど、ヒースさんがそう言うんだったら……」


 マリィは納得がいっていない様子だったが、ひとまず引き下がることにしたようだ。彼女は困り顔を引っ込めて、話題を変えた。


「ヒースさん、他には困ってることとか、悩んでることとか、ないですかぁ? 他の聖女さんや神殿騎士さんとはうまくやれてますかぁ?」


「……オレ自身のことは問題ない。それより、マリィ」


「なんですかぁ?」


「浄化の結界は、まだ張っているよな」


「はい。言われた通り、ヒースさんと内緒のお話をする時には、ちゃんと弱い結界を張ってますよぉ」


「そうか。なら、そのまま維持してくれ」


「わかりましたぁ」


 マリィは、理由も聞かずに、律儀に約束を守ってくれているようだ。浄化の結界が張られているなら、奴の目を気にせず、話ができるだろう。


「お前は、魔族を知っているか?」


「はい、もちろんですぅ。お勉強しましたからぁ」


 マリィは、即答した。


「……それだけか?」


「どういう意味ですかぁ? もしかして、私がちゃんとお勉強してないとでも思ってたんですか? 心外ですぅ!」


「いや、そういう訳じゃないんだが」


 彼女の反応を見るに、どうやらマリィは『紅い目の男』と面識がないか、奴と『魔族』を結びつけていないか、そのどちらかだろう。


「――マリィ。これはもしもの話なんだが……、もしも、魔族がまだ滅びておらず、人の世に紛れ込んでいたら――お前なら、どうする?」


「どうって……うーん、想像もつかないですぅ。でも、魔族が人に危害を加えようとしているなら、止めなきゃって思うんじゃないかなぁ」


「他の聖女も同じように考えると思うか?」


「……うーん。他の教会のことはわからないですけどぉ、少なくとも南の丘教会の地下にいる聖女さんたちはみんな、最前線で魔族の呪いや毒と戦うことを選ぶんじゃないかなぁ」


「……そうか」


「でもぉ、ここの聖女さんたちはそうですけどぉ、他の教会の聖女さんたちは、非常時には当てにならないかもしれません。きっと、緊急要請があっても、自分たちの安全が確保されるまではなかなか動かないかも。……あっ、理由は聞かないでくださいねぇ、お悩み相談の守秘義務がありますからぁ」


 マリィは言い過ぎたとでも思ったのか、顔の前で両手をパタパタと横に振っている。


「理由は聞かなくても想像がつくさ。……とにかく、参考になった。感謝するよ」


「わっ、ヒースさんにお礼を言ってもらえるなんて……! 嬉しいですぅ!」


「大袈裟だな、オレも礼ぐらい言うさ」



 その後はマリィが一方的に他愛もない話をして、満足したら部屋から出て行った。



「……さて。どうするかな」


 もしも予想が正しかったとしたら、エヴァンズ子爵家に関して、オレの打った手は悪手だった。

 ミアが隠された聖女だったと仮定すると、エヴァンズ子爵もウィリアムも――下手をすると魔法騎士団も、すでに動いているだろう。 


 だが一方で、マリィが『紅い目の男』と強い繋がりを持っていないということがわかったのは、大きなアドバンテージだ。

 ならば、魔法騎士団と無理に接触をはかるのは諦めて、自由に外を行き来できるマリィに賭けてみるのも一つの手だろう。


「……リリー。もう少し、待っていてくれ。必ず、オレが――」


 オレは目を瞑り、魔力と記憶を失う前――オレと同じ緑色の髪をしていた、思い出の中の彼女に誓う。


 ――オレが……兄さんが、必ずお前を助け出す。

 そうしたら、一緒に帰ろう。オレたちの祖国へ。

 いのちの期限が来る、その前に――。

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