第二章 闇魔法と魔族、そして『魔女』
3-6 魔封じの縄と茨の魔法 ★ウィリアム視点
ウィリアム視点です。
――*――
魔法騎士団での職務を終えた俺は、魔道具研究室を訪れていた。今後の魔石研究とミアに関しての話をする予定で、訪問したのだ。
だが今は、朽ちた魔封じの縄を前に、資料とにらめっこしている。
ヒースが『紅い目の男』に連れ去られた際に、エヴァンズ子爵家の執事が回収していた縄だ。
「……ウィル君、この測定結果、どう思う……?」
ぼそぼそとした声で俺に意見を求めたのは、魔道具研究室の室長、アラザンである。
「うーん……比較対象がないと、俺には……」
アラザン室長やカスターのように、数値だけでどんな魔法なのか判断できるほどの知識は、俺にはない。
それにしても、魔法を封じるはずの魔道具を、引きちぎるでもなく、魔力で朽ちさせる――そんな芸当のできる人間が、本当に存在するのだろうか。
黒い茨の魔法といい、『紅い目の男』の魔法は人間の理を超えているような気がする。
「……というか……この縄、どこから出てきたの? 魔封じの効果が切れるほど古いわけでもなさそうだし……」
「あ、そういえば、この魔封じの縄について、詳細を話していませんでしたね」
「……うん……眼鏡作りと魔石の方で忙しくて、後回しになっていたからね。言われた通り、測定だけはしておいたけど……」
「ありがとうございます」
忙しかったはずなのに、詳細も聞かずに測定を済ませてくれたアラザン室長には、頭が下がる。
魔力探知眼鏡については、すでに開発を終えて、量産体制に入っている。
魔法騎士団にも完成品が少しずつ届き始めていて、もう少ししたら大々的に街の捜査に入れるだろう。
魔石と『とある聖女』の協力に関しては、魔力探知眼鏡の開発に際して必要な情報だったため、魔法師団長にだけ秘密裏に伝えてある。
だが、他の関係部署――王家や冒険者ギルドに、どうやって情報を渡すかが問題だ。
魔法師団長にも、『とある聖女』の素性には触れずに伝えてあるが、もしも、ミアの関与が教会と繋がっている者の耳に入ってしまったら……。
そうなれば、研究が中止になってしまうだけでなく、ミアの身が危険にさらされてしまうことになる。
「……それで……この縄は、どうしてこんなにボロボロになったの……?」
「俺も又聞きではあるのですが……アラザン室長は、黒い茨の魔法をご存知ありませんか?」
「黒い、茨?」
「ええ。正確なところはわかりませんが、俺が聞いた話によると――」
俺は、オスカー殿やエヴァンズ子爵家の執事から聞いた内容を、できるだけ彼らが話した通りに伝えた。
「……黒い茨……馬を眠らせ、人をその場から転移させ、魔封じの縄を朽ちさせる……」
アラザン室長は、うんうんと唸り始めた。
「そんなの、伝承レベルでしか聞いたことがないよ……。その機構は、多少想像がつくけど……」
「本当ですか?」
俺は目を丸くした。
黒い茨の魔法は、非常識すぎて俺には想像もつかない。
「うん……転移の方は、きみのお兄さんの、霧魔法に近いかも。幻影を見せたんじゃないかな……」
「転移したように見せかけて、実際は近くに潜んでいた、ということですか?」
「そう。……ただ、お兄さんの魔法は、ガラス玉に仕込んだ魔力で空気中の水分を霧に変え、魔力を孕んだ霧によって光の反射・屈折や音の反響を操作することで、実際にそこに物や人が存在するかのように見せかける魔法……」
俺は頷いた。
その霧の操作が非常に難しいため、開発者であるアイザック兄上以外には、到底に扱えるような代物ではない。兄上固有の魔法と言っても差し支えないだろう。
さらに、霧で幻影を見せる魔法は、敵が一人の場合にしか使えない。そのため、味方との連携や事前の準備が重要になる。決して万能な魔法ではないのだ。
アラザン室長は、続けた。
「……でも、黒い茨の魔法は、馬を眠らせたと言ったね? 転移の際の幻影も、一人ではなく多数の人が目撃している。ということは、馬や人の脳に干渉しているとも考えられる……」
「脳に干渉……それって、やはり普通の魔法ではないですよね?」
「……そうだね……僕たちが使う魔法は、自然のエネルギーに干渉するものだ……生命、すなわち魔力に覆われた入れ物の中には干渉できない。それができる魔法は、現在わかっている限り、二つだけ……」
「……聖魔法と、闇魔法」
アラザン室長は、うっそりと頷いた。
「……特に、闇魔法なら、魔封じの縄を朽ちさせたというのも理解できる……」
「どういうことですか?」
「……文献によると、魔族の使う闇魔法には、聖魔法以外の魔法がほとんど効かなかったらしいから……呪力には、魔力を阻害するとか、無効化する効果があるのかもしれない。調べてみないと何とも言えないけど……」
「……つまり。『紅い目の男』は闇魔法を扱える人間、もしくは――」
「――魔族、だったりしてね……」
「そんなことが……」
滅びたはずの魔族の関与。
そんなことが事実だったら、それこそ国家を揺るがす重大な事案である。
「……でもね、闇魔法が関係してるっていうのは、あながち間違ってないと思うんだよね。だってさ、この魔封じの縄に残されていた魔力波形……アレとよく似てるんだ」
アラザン室長は、ミアの元に送られてきた呪いのストールを指差した。
「呪物、ですか」
「いいや……正確には、魔石」
「魔石?」
「……人が素手で魔石に触れると、魔力を乱されて、魔力酔いするでしょ? それとよく似ていると思わない? ……それに、魔石をクリアな状態にするために使ったのが、聖魔法。聖魔法はそもそも、闇魔法に対する唯一の対抗策だよね……。つまり、魔石自体――いや、魔石を体内に持つ魔獣自体が、魔族の闇魔法と深く関係しているんじゃないかな……」
「……!」
俺は、幼き日のミアが告げた言葉を、唐突に思い出していた。
ミアは、遠くにいる魔獣を見て、こう言った――。
『ねえ、ルゥ君。あれ、なんだろ、あの真っ黒なもやもや』
ミアの目は、呪いの靄を見分けることができる。
そして、魔獣を見て靄が確認できたということは、すなわち。
「――魔獣は、魔族の闇魔法によって、何らかの呪いをかけられた獣……?」
「……うん。だから、きっと、魔獣は人を襲うんだ。魔族と違って、魔獣に普通の魔法が効くのは、魔石以外の部分は普通の獣の血肉だから、ということだろうね……」
もしこの仮定が正しければ。
魔獣が存在するということは、魔族が今も存在するということになるのではないか。
謎の魔法を操った『紅い目の男』は、やはり――。
「……魔族が、王国内で暗躍している……?」
こんな仮定は間違っていてほしいと願うが、逆行前のことも含めて考えると、突き詰めれば突き詰めるほど真実味を帯びてゆく。
「……今日、オースティン伯爵家にお邪魔していい? さすがに団長に直接報告したいんだけど……」
「ええ。俺も、お願いしようと思っていたところです。――父に連絡を入れてきます」
俺は、早足で魔法通信室に向かったのだった。
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