3-5 伯爵家の当主代理



 翌日の午後になって、私はオースティン伯爵家の当主代理であるアイザック様と面会することが叶った。


 なぜ当主代理がいるのか――それは、ウィル様の父親であるオースティン伯爵が、非常に多忙なためである。

 王国の国防や治安を担う魔法騎士団の団長は、領地経営の片手間にできるような職務ではない。

 伯爵は嫡男のアイザック様に当主代理を任せ、本人は魔法騎士団長として激務の日々を送っている。


 オースティン伯爵が、ここまで仕事に没頭するようになったのは、伯爵夫人が魔獣に襲われて亡くなってからのことだという。


 伯爵夫人も、元々は魔法騎士団に所属する女性騎士だったそうだ。彼女は、直接魔獣と対峙する部隊ではなく、補給や食事の用意、キャンプの設営などを行う後方部隊に所属していた。


 一方、伯爵――当時は叙爵前だったのだが――は、前線で戦いを指揮する立場にあった。


 伯爵夫人の事故があった作戦の時も、伯爵は前線に出ていた。

 当時は魔法騎士団の編成も今と異なっていて、索敵に穴があり、別方向から迫っていたはぐれ魔獣の発見が遅れた。その結果、後方部隊がはぐれ魔獣の急襲を受けてしまったのだ。

 夫人はその作戦で、帰らぬ人となってしまった。


 夫人を亡くして以降、伯爵は部隊編成や訓練方法、予算を見直し、魔法師団や各ギルドなど他勢力との関係改善に取り組んだりと、魔法騎士団の改革に奮闘しているのだそうだ。

 また、最近は呪物の件や教会との確執などもあって、今まで以上に忙しくしているとか。


 こうして伯爵が団長としての職務に没頭できるのは、当主代理であるアイザック様の力によるところが大きい。



 執務室に迎え入れてくれたアイザック様は、ウィル様とは真逆で、社交的な方だ。

 緑色の瞳はウィル様よりも濃い色で、背中まである青い髪は、細い紐で纏めて後ろに垂らしている。

 私が部屋に入ると、アイザック様は穏やかな笑みを浮かべて立ち上がった。


「やあ、ミア嬢。久しぶりだね」


「アイザック様、ご無沙汰しております」


 アイザック様とは、ほとんど会う機会がない。今は社交シーズンなので王都に滞在しているが、普段は伯爵領にいることが多いのだ。

 アイザック様は私に椅子をすすめると、自身も執務椅子に座り直した。


「ウィルから色々と聞いたよ。なんだか大変なことになったねえ」


「はい……」


「俺も父も、ミア嬢の滞在を歓迎するよ。ただ……心配なのは、教会がここまでミア嬢を捜索しにくる可能性なんだよね」


「ええ」


 私は重々しく頷く。

 ウィル様と私が婚約していることは、調べればすぐにわかることだ。

 教会が私を探しているのだとしたら、捜査の手がここまで伸びてくる可能性は高い。


「まあ、だからと言って、貴族の邸宅――それも、警備の厚いこの邸に無理矢理踏み込むほど、あちらさんも愚かじゃないと思う。しばらくは不便をかけるけど、君を守りやすいように、できれば屋内か中庭で過ごしてほしいんだ」


「はい。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い致します」


「迷惑なんかじゃないよ。自分の家だと思ってくつろいでほしいな。困ったことがあったら、誰にでも相談してね」


「ありがとうございます」



 それから。

 アイザック様たちも教会についての調査を進めていること、ガードナー侯爵や姿を消したデイジー嬢、ヒースについても調べてくれていることを教えてもらった。

 何かあれば教えられる範囲で情報を共有するという約束を交わし、私は執務室を後にしたのだった。



 アイザック様との面会を終えた私は、また中庭でステラ様の手記を開いていた。

 昨日の続き――ついに彼女たちが脱走に成功したという部分から、読み進めていく。



 脱走したステラとジュードには、これまでで最大の幸せが待っていた。

 小さな農村で、小さな畑と家を持ち、穏やかな新生活を始めたのだ。

 ジュードが元いた街の知人に、この農村の出身者がいたため、紹介してもらった形である。

 彼は、農村の長と村人たちに二人を紹介すると、二人の幸せを祈って、街へと戻っていった。


 教会も存在せず、捜索の手が伸びる気配もない。

 脱走に協力してくれた神殿騎士や街の人たちが、報告を誤魔化すとか、どうにか上手く立ち回ってくれたのだろう。


 穏やかな暮らしの中で、ステラは時折「この力は秘密だ」と念を押した上で、村人たちの怪我を治癒したり、毒虫に刺されたり毒草に触れてかぶれてしまった村人に解毒を施したりしながら、生活を送った。


 村人たちにもすぐ馴染み、持ちつ持たれつ、のんびりと過ぎゆく時間を、ステラは心から気に入った。

 農村での暮らしに慣れていくうちに、ステラは不思議なことに気がつく。

 なぜか、聖魔法の威力も聖力の総量も、以前より上がっていたのだ。

 だが、当時は「経験が増えたために聖力が増え、聖魔法を効率よく扱えるようになったのだろう」と思い、深く考えることはしなかった。



 夫のジュードとも円満で、他の村人が羨むほどのおしどり夫婦だった。

 そうして二人で仲睦まじく暮らしているうちに、ステラはお腹に命を宿した。

 ジュードはますますステラを溺愛するようになり、この時が最高に幸せだったとステラは綴っている。


 だが、そんなステラに悲劇が訪れた。


 そこには、以前お父様が話してくれた内容が、そのまま記されていた。


 魔獣の大量発生。スタンピードが、村を襲ったのだ。

 何かに駆り立てられるかのように、北の辺境からあちらこちらへ向かって駆け抜けていく魔獣の群れに、村人たちは成すすべもなかった。


 まさに大災害。

 村は一瞬で壊滅してしまった。


 そしてステラは、聖女として持てる力の全てを使い、村中に癒しの光を放つ。

 村の全てを癒やし終えたステラは気を失い、次に目覚めた時には、王都へ向かう教会の馬車の中だった。


 馬車の中には、夫であるジュードと、これまでいつも一緒だった神殿騎士が同乗していた。

 神殿騎士の彼は、表向き教会に従っている振りをしながら、ジュードと共謀して騒動を起こす。

 そして、警護の隙をついて、ステラを逃すことに成功した。


 その後は、重たいお腹を抱え、夜闇に紛れながら、とにかく必死で王都を走り回ったこと。

 誰にも見つからず、エヴァンズ子爵家の邸まで辿り着いたこと。

 子爵家に身を隠しながら、私、ミアを出産したこと。

 夫と神殿騎士が無事なのかどうかわからず、不安な日々を過ごしていたこと――。



 思いだすのも書くのも苦しかったのだろう。

 このあたりは、短い文章で、起こった出来事が淡々と綴られていた。


 そうして手記は、最後のパートに差し掛かる――。



 私はそのまま手記を最後まで読んで、そっと閉じた。

 最後の部分に記されていたのは、聖女の力の秘密。

 私も薄々感づいていたが、ステラ様も、やはり気がついていたらしい――聖女の力が増幅、もしくは減衰する条件が、一体何なのか。


 私が膝の上に手記を乗せたまま考えに耽っていると、しばらくして、ウィル様の帰宅と、ある人物の来訪が知らされた。

 昨日に比べてかなり早い時間なので驚いたものの、私はエントランスに向かったのだった。



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【変更点のお知らせ】


 3-2 聖女ステラの手記

 最後の方の、傍点を振っている部分です。

 「男の子」→「双子」

 に変更しております。


 大変ご迷惑をおかけいたしました。

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