2-11 ガードナー侯爵家の事情



 マーガレットは、手紙の件をしっかり謝ってくれた。私とお母様は、顔を上げるように促す。

 先程よりもすっきりした表情だ。ようやく全てを話せたことで、胸のつかえが下りて、一安心したのだろう。


 お母様は、まだ気になることがあるようだ。顎に手を当てて首を傾げ、マーガレットに質問した。


「……それにしても、デイジー嬢はどうしてそこまでしてウィリアム君と縁を結びたがっているのかしら? いくらウィリアム君がイケメンでハイスペックだからって、そこまでして人から奪おうとするのは、彼女にとってもリスクが高いと思うのだけれど」


「デイジーお姉様はウィリアム様へ一種の憧憬をお持ちのようでしたが、それよりも強かったのは、執着に近い感情でした。デイジーお姉様ご本人の希望というより、オースティン伯爵家と縁を結びたいというガードナー侯爵のご意向が強いようです」


「へえ、ガードナー侯爵が、オースティン伯爵家と縁を、ねえ……?」


 オースティン伯爵家は、当主が魔法騎士団長の職についている。伯爵は団長の職務で多忙のため、長男が当主代理として伯爵家の仕事を受け持っている。また、次男は魔法騎士団に所属していて、長男・次男ともに既婚者だ。

 オースティン伯爵家と繋がりを得たいのなら、当主代理の長男に取り入るか、未婚である三男のウィル様と縁を結ぶのが手っ取り早い。

 そして、当主代理は、普段は領地にいることが多い。となると選択肢は、王都にいながら接触できる、ウィル様一択になる。


 だが、ガードナー侯爵家がどういう家なのか良く知らない私は、なぜそこまでしてオースティン伯爵家と縁を結びたがっているのか、理解できない。

 私は、さらに首を傾げて考え込みはじめたお母様に、質問をした。


「お母様、ガードナー侯爵家とは、どういうお家柄なのですか? 私、社交界に疎くて」


 お母様は、顔をまっすぐに戻して、快く答えてくれた。


「ミアも、数百年前に魔王を滅ぼした『勇者パーティー』のことを知っているわね?」


「ええ、もちろん。『勇者』『大聖女』『英雄』『賢者』の四人ですわね」


「そうよ。そのうち、『賢者』は当時の王族だったの。そこまではいい?」


「はい、存じております。王家に伝わる古来の魔導書で魔法を学び、強い魔力を持っていたと聞きますわ」


 その『賢者』本人は子を残さなかったが、『賢者』を排出したのは、今も王国の頂点に君臨し続ける、王家。

 王家と公爵家は、由緒ある大魔法使いの血を引く一族だ。魔族との戦いが始まるよりも前から、卓越した知識と頭脳で王国を導いてきた。


「他の三人の出自も知っているかしら?」


「はい」


 リーダーとなった『勇者』は平民出身の、魔法騎士団員。『大聖女』は『勇者』と同郷で、田舎の貧乏貴族家の出身。

 魔法騎士団長だった『英雄』は『勇者』の上司であり高位貴族。『賢者』は先程お母様が言った通り、王族だったという。


 普通だったら、こんなメンバーではパーティー内で軋轢があったのではと思ってしまうが、実際のところはうまいことやっていたのだろう。


「なら、魔王を倒した後、四人がどうなったかは知っている?」


「ええと……『賢者』はそのまま王家から出奔し、王都に戻らなかったのですよね」


「そう。パーティーメンバーは全員生きていたのだけれど、『賢者』だけは王都へ戻らなかったの。王族ってしがらみが多そうだし、嫌になっちゃったのかしらね?」


 お母様は「ふふ、自由を望む気持ち、わからなくもないわ」と笑って、話を続けた。


「他の三人は、それぞれ結婚して、子孫を残したわ。『英雄』の末裔が、キャンベル侯爵家。そして、『勇者』と『大聖女』の血を引く女児の家系が、教会にいる聖女様たち。ここまではいい?」


「はい」


「『大聖女』と『勇者』の血を引く男児が、後に婚姻を結んだ家……それがガードナー侯爵家。魔王との戦いが終わった後も魔族は残っていて、聖女は狙われ続けていたわ。ガードナー侯爵家は、その聖女の血筋を守るために、神殿騎士団をおこした家よ。代々、ガードナー侯爵家の血筋が神殿騎士団長を務めてきたわ。実力重視の魔法騎士団と違って、神殿騎士団長は世襲制だったの」


「神殿騎士団を……あれ、でも、今の神殿騎士団長は、お名前が違うような」


 私は、お母様の話に潜む違和感に気がついた。

 神殿騎士団長はあまり表に出る人ではないので、名前も顔も正確に覚えてはいないが、少なくともガードナーという名ではなかったはずだ。


「そう。そこがミソよ。ガードナー侯爵家の血筋は、前侯爵までで一度断絶してしまったの。身体の弱かった前侯爵は、名前だけ据えられたお飾りの騎士団長だったのだけど、兄弟もいなかった上、本人も子を成せず若くして亡くなったわ」


 亡くなったのは随分前……二十年以上前だったかしら、と首を捻りつつ、お母様は続けた。


「その義娘――現在の侯爵夫人は、ガードナー侯爵家といっても、傍流の出身なの。その上、迎えた夫は、ガードナー侯爵家と全く関係のない、辺境伯家出身。だから、家としての立場が弱くなってしまって、神殿騎士団長の座から身を引かざるを得なくなったのよ」


「そうでしたか……」


「ガードナー侯爵は、魔法騎士団と縁を結ぶことで、失った権威を取り戻そうとしたのかもしれないわね」


「でも、魔法騎士団は実力主義ですわ。血筋なんて関係ないのに」


「実力主義をうたっているけれど、それが本当に事実なのか、疑っている貴族も多いのよ。平民だった『勇者』が役職を持たず、貴族だった『英雄』が団長だったことを、皆も知っているからね」


「なるほど……」


 実際は本当に実力主義なのだが、魔法騎士団と関わりのない人には、そんなことはわかりようがない。

 役職持ちに貴族が多いのは、平民よりも貴族の方が『魔力持ち』の割合が多いことや、高度な訓練を受けられる機会が充実していることが理由のような気がする。


 そして、オースティン伯爵家が優秀な魔法騎士を排出し続けている家柄というのも関係しているかもしれない。現団長だけでなく、前副団長も、二代前の団長も、オースティン伯爵家出身だったと聞いている。

 優秀な魔法騎士の血を入れることで、神殿騎士団での復権を目指したのかもしれない。


「お母様、お姉様。ガードナー侯爵が繋がりを持ちたがっているのは、魔法騎士団だけではありませんわ」


 そこで突然口を挟んだのは、マーガレットだった。


「デイジーお姉様の二人の姉……ローズ様とリリー様も、それぞれ、宰相のご子息、魔法師団長のご子息と縁を結ぼうとされていました。ローズ様はうまくいったようですが、リリー様は、縁を結ぶことが叶わず……今、リリー様は、お屋敷で虐げられ、使用人以下の扱いをされていると聞きます。ですから、デイジーお姉様は、リリー様のようになりたくないと必死なのですわ」


「まあ……なんてこと」


 お母様は、息を呑んだ。そんな風に、娘を道具のように扱うなんて、あんまりだ。私も思わず顔をしかめてしまった。


「それで、デイジー嬢はウィル様に執着しているのね……納得がいったわ」


「……よし」


 お母様は、テーブルに手をついて、すくっと立ち上がった。


「マーガレット。あなたの学園生活、どうにか守れないか検討してみるわ。うちは子爵家だから直接侯爵家に口を出すことはできないけれど、少し手を回してみるわね」


「え? お母様、何を?」


「うふふ、後で話すわ。まあ、悪いようにはしないから、お母様とお父様、それからオスカーに任せてちょうだい。――ああ、お父様とオスカー、早く狩りから帰ってこないかしら」


 お母様は、他に話したいことがないか私とマーガレットに確認すると、いそいそと自室へ戻っていく。

 私はマーガレットと顔を見合わせたが、彼女もよくわかっていない様子だった。

 マーガレットももう話したいことがないようだったので、私は、ウィル様とやり取りした手紙を取りにマーガレットの部屋へ行き、それから自室に戻ることにしたのだった。



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 長い説明回、お読み下さりありがとうございました。

 補足です。

 お母様は、「ガードナー侯爵が辺境伯家の出身」ということは知っていますが、ウィルの言っていた「情報操作がありその本当の出自は謎」ということは知りません。

 現状、ガードナー侯爵の本当の狙いや背後関係、関係各位がどの程度情報を持っているのかは、不明です。

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