2-2 氷麗の騎士は贈り物がしたいようです
王都の貴族街にある、商店が立ち並ぶ区域。
その一角にある宝飾店で、私たちはのんびりと店内を眺めていた。
大抵の貴族にはお抱えの商人がいて、商人に屋敷まで訪問してもらって買い物をするのだが、数は少ないものの、こうして大通りに店舗を出店している商人もいる。この店もそんな店舗の一つだ。
「ああ、見てごらん、ミア! このブローチ、ペリドットとアクアマリンがあしらわれているよ。まるで私たちのために作られたみたいな逸品だ。君に贈らせてもらえないか」
「まあ、嬉しいわ。ですが、先程もお洋服を買っていただきましたし、これ以上いただく訳には……」
「ふふ、私が贈りたいんだ。遠慮することはないよ――おや? こちらの髪飾りは変わった形だな。君、店主殿に話を聞きたいのだが、良いかな?」
私たちがこの店を訪ねた
この店にあった呪物は、もう私の目視で確認済み。ウィル様にもこっそり伝えてある。
ウィル様は店員に怪しまれないよう、『私への贈り物を探している』という
「お待たせいたしました、お客様」
「忙しいところ、すまない。これは東方からの輸入品か? 貴店は輸入品も取り扱っているのだな」
ウィル様が指し示した髪飾りは、この王国ではほとんど見たことがない形の品だ。
二又のフォークを長くしたような形で、素材も見たことのないもの――半透明で黄褐色の素地の中に、濃褐色の模様が入っている。
ちなみに、この品は目的の呪物ではない。
「こちらは、かんざしと申しまして、お客様のおっしゃる通り東方の異国から輸入した品にございます。
「そうか。貴店は決まった職人からではなく、他の商人からも買い付けを行っているのか?」
「左様でございます。王国内の職人が手がけた品は、貴族様がたのお抱え商人も取引を行っておりますので、当店にお越しになるお客様は定番商品ではなく、珍しいものをお求めになる方が多いのです」
「なるほど、一理あるな。――店主殿、こちらのブレスレットも輸入商から買い付けた物か? 変わった細工があしらわれているが」
ウィル様は、かんざしという髪飾りの隣に飾られている
他の人には見えないこの靄が見えてしまう私には、細工どころか、その原型が何なのかを見分けるのも難しい。ウィル様の言葉からすると、どうやらブレスレットのようだが――とにかく、こちらが目的の呪物である。
「いえ、こちらは商人ギルドがまとめて買い付けてきた商品にございます」
「商人ギルド? ギルドが各店舗に商品を卸すこともあるのか?」
「ええ。ギルド同士で支援し合うために、稀にそのようなことがございます。この細工を施した職人が廃業したなどの理由で、商人ギルドが職人ギルドからまとめて買い上げたのかと存じます」
「なるほど……素晴らしい細工だが、残念だな」
ウィル様は、心底残念そうな表情を作ると、何気なく質問を続けていく。
「もっとこの細工の品を見てみたいのだが、貴店には、これしかないのか?」
「残念ながら、当店に残っているのはこの商品だけでございます。ですが、ギルドが当店の他にもいくつかの店舗に卸していたはずですので、気になるのでしたら、商人ギルドをお訪ねいただくのがよろしいかと存じます」
「ああ、そうするよ。では、このブレスレットと、こちらのブローチを貰おうか」
「ありがとうございます。かんざしはよろしいのですか?」
「このブレスレットの方が気に入ったからね。今回はやめておこう」
「かしこまりました。ではお包み致しますので、こちらへ……」
店主は私たちをソファーに促すと、店員の一人が紅茶を持ってきてくれた。
店主がその店員に指示をすると、店員は手袋をはめて大事そうにブローチとブレスレットを手に取り、それぞれに包装を施していく。
ウィル様はさらさらと小切手を書いて支払いを済ませると、美しく包装されたブローチとブレスレットを受け取り、店舗を後にした。
「うん、ようやく収穫があったな。良かった」
入団して間もないはずなのに、何故こんなにも誘導尋問が上手いのだろうか。
ウィル様は、全く店主に疑われることなく、すんなりと目的を達成した。
「あの、ウィル様。ブローチ、本当に――」
「お礼なら、聞き飽きたよ。俺としては、まだ足りないくらいだけどね」
私がお礼を言おうとすると、ウィル様は私の唇に人差し指をぴっと当てて、それを制した。
「婚約してから今まで、一緒に街歩きしたことがなかっただろう? だから、今までの分も合わせて、君に贈り物をしたかったんだよ」
「ですが、先程素敵なドレスを買っていただいただけでも充分すぎるほどですのに、こんなに綺麗なブローチまで」
「ふふ、心配いらないよ。俺は魔法騎士団からも魔法師団からも給金をもらっているから、そこそこ懐はあたたかいんだ」
心配する私に構わず、ウィル様は、おどけた調子で片目を瞑ってみせる。
学園を卒業してから、ウィル様はずっと魔法師団で研究の手伝いをしていた。
正式に所属していたわけではないものの、研究の結果に見合う分のお給金をもらっていたのだという。
さらに、今回の作戦のために早期入団となった魔法騎士団からも、当然お給金が入る。
優秀な彼は、生家であるオースティン伯爵家と関係なく、自分で自由にできるお金をある程度持っているのだ。
「……では、遠慮なく、頂戴いたします。大切にいたしますわ。嬉しいです……ありがとうございます」
「ああ。喜んでもらえて、俺も嬉しいよ」
ウィル様はキラキラの笑顔を振り撒いて、私の手を取ると、その甲にキスを落とす。
店舗の入り口横でそんなやり取りをしていた私たちは、やはり目立っていた。
婚約者の尊い笑顔と、遠巻きに眺める人たちからの視線に、私は一人で顔を熱くするのだった。
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