補
1-36 彼女のこと ★ウィリアム視点
ウィリアム視点です。
――*――
魔法師団の面々と、作戦を詰めていた時。
珍しくぼんやりしていたミアの顔色を確かめようとしたら、
俺はショックのあまり、部屋を出て行ったミアの後を追いかけることもできなかった。
「……おいおい、ウィル。本当に大丈夫なのかよ、お前の婚約者」
カスターが呆れたように呟くが、俺は放心状態で、反応することができなかった。
「カスター、ミア嬢を責めないであげて。多分、お母さんのせいだから」
「母さんのせい? 何が?」
俺が聞きたかったことを、ビスケの息子であるカスターが、代わりに質問してくれた。
ミアの出て行った扉の方に身体を向けたまま、顔だけをビスケとカスターの親子に向ける。
「お母さんが、ウィル君と親しげに話していたからよ。もう少し気を使ってあげれば良かったわね」
「ああ、そういうことか。だけど、それって母さんのせいじゃないだろ? あのお嬢様が勝手に勘違いしたことじゃないか、みっともない」
「こら、カスター。やめなさい」
カスターはビスケの説明で理解したようだが、俺には、どう言う意味だか全くわからなかった。
ミアに、嫌われるようなことをしてしまっただろうか。
俺はどうすればいいのだろう。
様子を見に行った方がいいだろうか、それとも待っていた方がいいだろうか。
考えていると、一歩も動けなくなってしまう……俺の悪い癖だ。
「ウィル君、大方、ミア嬢も噂に踊らされて疑心暗鬼になっているのよ。彼女が戻ってきたら、私が誤解を解いておくわ。その時にウィル君がいるとややこしくなるから、しばらくの間、席を外してくれない?」
「……わかった。頼むよ」
俺が困っていたことを察してくれたのだろう。
ビスケの言葉に甘えて、しばらく邸内の訓練場で剣を振って、頭を冷やすことにした。
*
しばらく素振りをしてからサロンに戻ると、もう話は済んでいたようだった。
ミアの雰囲気も、少し和らいだように思う。
俺がどうしたらいいか戸惑っていると、再び助け舟をだしてくれたのは、ビスケだった。
ミアを伴って、俺は庭園へ出ていく。
ミアは、俺と少し距離をあけて、ついてきた。
「ミア、寒くない?」
何と声をかけていいかわからず、ありきたりなことしか言えない自分に嫌気がさす。
けれど、ミアは――そんな俺に、歩み寄ってくれた。
俺が差し出した腕にそっと指を絡めるミアに、愛しさがこみ上げてくる。
根も葉もない噂話、それも恐らく悪意をもって意図的に流布されている噂話に、少しでも心乱されてしまうなんて。
俺の心が弱い証拠だ。
「……どんな噂なのか存じませんけれど、私は、ウィリアム様以外の男性に、特別な感情を抱いたことはございませんわ」
けれど、杞憂だったようだ。
ミアは噂を、真っ向から否定した。
しかし、社交界では俺に関する噂も流れているらしかった。
幼い頃からずっと想い続けている人がいる。
そんな噂を聞いたと、ミアは言った。
「ああ、なるほど……」
確かに、俺は、魔法騎士を目指している理由を聞かれた時に、幼い頃に出会った女の子の話をしたことがある。
彼女を守ろうとしたことがきっかけで、俺の病は完治したのだと。
あの時の体験で、俺は、魔獣を駆逐するため魔法騎士になることを誓ったのだと。
学園の同級生だったか、魔法騎士団の先輩だったか……誰に話したのかは覚えていないが、確かに一度か二度、自分の口で話した。
それが変に曲解され、もしくは意図的に捻じ曲げられて、噂話としてのぼったのだろう。
俺がある意味納得していると、ミアの表情が途端にすうっと冷たくなった。
ミアは、俺の腕から手を離して、立ち止まる。
「……やはり噂は、本当だったのですね」
「え? ああ、違う違う――」
慌てて否定したものの、ミアは信じてくれなかった。
俺は、さっきから何をやっているんだろう。
こんな風に勘違いさせてしまうようなことばかりしていては、ミアに嫌われても仕方がない。
――ミアがビスケに嫉妬していたのだと聞かされても、最初はピンとこなかった。
やはり俺の気遣いが足りなかったのだ。何の説明もなしに、婚約者以外の女性と親しげにしていたら、噂がなくとも疑うに決まっている。
いくらビスケが俺の乳母で、幼い頃からの付き合いで、年もかなり離れているとはいえ……彼女は若く見られやすいし、他の男からしたら魅力的な女性に映るのだということを忘れていた。
そして、嫉妬してくれたということは。
ミアが俺のことを想ってくれている証拠――そんな期待はすぐに打ち砕かれた。
「勘違いなさらないで下さいませ」
ミアは――怒っていた。
今まで見たことがないほどに。
可愛らしい眉を吊り上げて、不機嫌をあらわにしていた。
「ウィリアム様、私に隠していること、たくさんありますよね? 魔法のお話はたくさんして下さるのに、ご自身のことをあまり話して下さらないのは、どうしてですか? 噂になっているご令嬢のことを否定しないのは、どうしてなのですか?」
俺が自分のことを話さなかったのは、何を話していいかわからなかったから。だからついつい、魔法の話題ばかり出してしまっていた。それなら、話がいくらでも続くからだ。
そして――噂の令嬢を否定しなかったのは、その令嬢が君だから。けれど、それは今言うべきことではない気がする。
「どうして私は……ウィリアム様の好きな食べ物も、好きな花も、好きな場所も……何一つ知らないのですか? そもそも、私のことを、どのくらい知って下さっているのですか? 私がレモンティーよりミルクティーの方が好きなこと、ご存知でしたか? こんなにも距離があるのに、私に、あなたの妻が務まりますか?」
俺は、衝撃を受けた。
いくら、何を話したらいいかわからないと言っても、程があるだろう。
伝えるべき時にきちんと伝えることの大切さを、俺は、逆行前に痛いほど思い知ったはずだったのに。
手紙では好きな物の話も書いたりしたが、肝心の手紙は止められていたのだ。しかし、それは言い訳にならない。
――こうして、ミアの口から聞くと、俺たちは本当に互いに何も知らなかったのだと思い知らされる。
「だから……歩み寄りましょう。私も、頑張りますから……これから私を妻にするというのなら、ウィリアム様の世界に、どうか私も混ぜてください」
守ってもらうばかりでなく、互いに支え合うこと。
それが、夫婦として正しい形。
俺には見えていなかったものが、ミアには、見えていた。
「……そう、だよな。俺の言葉も、努力も、足りなかったよな」
俺は、今まで、何をしてきたというのだろう。
ミアを、愛していると思っていた。そう、思い込んでいた。
俺は、逆行する前から合わせて、ミアとはたくさんの年月を共にしてきた。
なのに、彼女のことを何ひとつ知らない、知ろうとしなかったんだ。
ただの、想いの押し付け……それは本当に愛と呼べるものだったのだろうか。
責任感? 義務感? 自分への枷?
ただミアを守っていれば良かっただけ? 誰かを守っているという実感が欲しかっただけではないか?
それは、愛のない、ただの情だったのではないだろうか。
俺は、レモンティーが好きだ。
ミアも、いつもレモンティーを飲んでいたから、レモンティーの方が好きなのだと思い込んでいた。
けれどきっと、ミアは、俺に合わせてくれていただけだったんだ。
俺は、そんなことにも気付かなかった。
俺に、ミアを愛する資格なんて、あるのだろうか――。
「……少し時間をあけて、落ち着いてお話しましょう。私もウィリアム様も、今は心に余裕がなさすぎるみたいですから」
「……ああ、そうだね。それがいい」
ミアを愛する資格も、本当の愛が何なのかも、今の俺にはよくわからない。
けれど、きっと、これからなんだ。
たった今、彼女が、心をすり減らしながらも俺に教えてくれた。
もう、これからは間違えない。
ミアへの想いが、本物の愛だと――俺は、ミアのためにも、俺自身のためにも、証明してみせる。
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