1-30 美女の正体
サロンに戻ると、ウィリアム様の姿はなかった。
ビスケ様とホイップ様、カスター様の視線が一斉に刺さり、私は尻込みしてしまう。
けれど。
「あ、ミア嬢、おかえりなさい」
予想外にも、笑顔であたたかい言葉をかけてくれたのは、ビスケ様だった。
「大丈夫? 落ち着いた?」
「は、はい……申し訳ございません」
ビスケ様は、私に元の席に座るよう促した。私は、素直にそれに従う。
「あの、ウィリアム様は……?」
「ああ、ちょっと外に出てなさいって言っといたわ。ごめんね、ミア嬢が上の空だったの、私のせいよね」
「えっと……」
私は、なんと答えていいかわからなくて、視線を彷徨わせた。ビスケ様は、構わず続ける。
「ねえ、ミア嬢。私、何歳に見える?」
「え? えっと、二十代前半ぐらいかと……」
「ブブー。不正解。私ね、こう見えて三十八。ウィル君の乳母やってたの」
「乳母…………へ? 乳母!? さんじゅっ……!?」
「そう。だから、ウィル君とは家族みたいなものよ。私には夫も子供もいるし、あなたの大事なウィル君を
そう言って、ビスケ様はウインクをする。
……驚いた。
やはりどう見ても二十代にしか見えないのだが、ホイップ様もカスター様も驚いていないから、彼女の言っている通りなのだろう。
安心したのと同時に、そんな人に嫉妬を向けてしまった自分に、自己嫌悪する。
だがビスケ様は、私のそんな醜い感情を気にする素振りなど一切見せず、むしろ明るい表情をしていた。
「でも、内心ホッとしたわ。今、社交界でミア嬢の良くない噂が流れていてね……けど、あなたがウィル君のこと大好きなの、よくわかったわ。あの子も、あなたが大好きなのね」
「その……でも、私、ウィリアム様を傷つけてしまいました」
「大丈夫よ。あなたが可愛く『ウィルさまぁ〜』って呼んであげたら、鼻の下伸ばして許しちゃうに決まってるんだから」
ビスケ様は、そんな風に言って、カラカラと笑う。
――彼女が言ったように甘えられたら、私だって苦労しない。
そもそも、上手に甘えることができなかったから、婚約当初は冷たい関係性が続いてしまっていたのだ。
「さて、もう少ししたらウィル君も戻ってくると思うから、その前に仕事の話を進めちゃいましょうか」
そう言って、ビスケ様は
中には、以前ウィリアム様が『魔法の練習用に作った』と言って持ってきた、眼鏡のような魔道具が入っていた。
「これは、魔力を検知することができるようにする魔道具。何ヶ月か前に、ウィル君が突然設計図持って押しかけてきて、一週間かそこらでコレの原型を作ったのよね。あの子の書いた設計図がほぼ完璧だったからすんなり完成したものの、あれはかなりの無茶振りだったわね」
ビスケ様はくすりと笑った。
知らなかったけれど、あの時、魔法師団にもお世話になっていたのか……。
「で、これはその時の眼鏡の改良版。魔力ならなんでもかんでも、というのではなく、ある一定の波動をもつ魔力帯を登録することができて、その魔力帯に引っかかる魔力だけを検知することができるものなの。これをさらに改良すれば、聖力や呪力、その痕跡も検知する魔道具を作ることができるかもしれない」
「えっと、つまり……」
「聖女じゃなくても呪力を検知できるようになれば、調査が長期化、大規模化しても対応できるでしょう? 私たち魔法師団魔道具研究室の役目は、呪力を検知する魔道具を作成すること」
なるほど。
その魔道具が開発されれば、私が動けない時や、手が届かないところを調べる時、呪いが想定以上に蔓延していた場合でも、対応できる。
「そういうわけで、呪力のサンプルが必要なの。今日は、ミア嬢の元に送られてきた呪いの品、持ってきてくれてるのよね? 魔道具が完成するまで、数週間……早くて一、二週間かしら。その間、それを私たちに預けてもらいたいのよ」
「ですが……呪いの品を扱うのは、危険ですわ」
魔道具研究室の人たちに、呪いが移ってしまうかもしれない。それは避けるべきことだ。
「大丈夫。ミア嬢、『
「私は、もちろん構いませんわ。けれど、本当に大丈夫ですか? 呪いですのよ、怖くないのですか? 私を信じて下さるのですか……?」
「ウィル君のお墨付きがあるからね。それに、呪いや暴発を怖がってたら研究者になんてなれないわよ。実際、魔道具の暴発なんてしょっちゅう……ひどい時なんて、バクショウダケを使った魔導回路が一本間違ってて、大爆発を起こしたことがあってね。あの時は研究員全員が一週間ぐらい、笑いの発作で苦しいわ、手元は狂うわ、他部署からうるさいって苦情が来るわで大変だったなあ。みんなして腹筋バッキバキになったわよ」
「そ、それは大変でしたね」
ちらりと横を見ると、ホイップ様は神妙な顔をしているし、カスター様も顔が引き攣っていた。脚色ではなく事実なのだろう。
魔道具研究室、恐ろしい……。
「それに、今ここで呪力のサンプルを取ったら、あとは透明なケースに入れて、遠くから眼鏡で確認するだけだから。今日以外は、触ったりしないから安心して」
「その透明なケースというのは、絶対に安全なのですね?」
「ええ。保証するわ。そもそも、ミア嬢のところにそれが配達されてきた時、外側の袋や箱には呪いが移っていなかったのでしょう? なら、理論上は、手袋をするなりして直接触れなければ大丈夫なはずよ」
そうだった。
外側に何の異常もなかったからこそ、私も油断して触れてしまったのだ。
「確かに、そうかもしれませんね。……わかりました。でしたら、お預けいたしますわ。でも、皆様が呪いにかかっていないか、定期的にちゃんと確認することを、お約束して下さいますか?」
「うん、約束するわ。じゃあ、早速呪力のサンプルを取らせてね」
「はい。こちらです」
私は、持ってきた荷物を、包みに入れたままテーブルの上に出した。
研究員の三人は、それぞれポケットから手袋を出し、両手にしっかりと装着する。
ビスケ様は包みの中から呪いのストールを取り出すと、ホイップ様が用意した透明なトレイの上に乗せた。
続けて、カスター様が測定用の魔道具を取り出して、呪力の測定を始める。
測定用魔道具の先は聴診器のような丸い形をしていて、カスター様はそれを動かしながら呪いのストールに当てていく。
丸い形の測定器からはゴム管が出ていて、魔道具の本体に繋がっていた。
本体には
手袋を着けているからか、呪いがカスター様に移ってしまうようなこともなさそうだ。
測定を続けていると、サロンの扉が開く。ウィリアム様が戻ってきたようだ。
ウィリアム様は、一瞬私に目を向けたが、すぐに目を逸らしてしまった。
私は、謝らなくてはいけないとわかっているのに、胸の奥がぎゅう、となって、うつむいてしまう。
「……もう測定を始めているのか」
「ええ。まだしばらくかかるから、ミア嬢と二人で、ちょっとお庭にでも出てきたら?」
助け舟を出してくれたのは、やはりビスケ様だった。
私がちら、と目を向けると、バチっとウインクを返される。
「そう……だな。ミア……いいかな?」
ウィリアム様は、今まで見せたことがないような、不安そうな目を私に向ける。
「……はい」
私は返事をして、立ち上がる。
――ウィリアム様は、手を差し出してはくれなかった。
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