1-29 嫉妬



「さて、それで今回の作戦だが」


 ウィリアム様は、王都の地図を取り出し、テーブルの上に広げた。

 地図はいくつかのエリアに色分けされていて、それぞれに簡素なメモが走り書きされている。


「目的は二つ。今回の病の発生源と思われる、ブティック・ル・ブランの拠点を発見することと、呪われた品物が市場に出回っていないか確認し回収することだ」


 ウィリアム様の指は、赤く囲ってあるエリアを指し示す。赤いエリアはいずれも大小の異なる円形で、地図上の数箇所に散らばっていた。


「この赤いエリアは、教会のある地域だ。勝手に病の原因を調査していることを気取られたくないから、今の段階では絶対に近付かないように。調べるのは最後、魔法騎士団が本格的に動けるようになってからだ」


 次に示したのが、黄色いエリア。郊外にかなり広いエリアが存在しているが、王都中心部にもぽつりぽつりと分布している。


「黄色い部分はスラム街と平民の住む住宅街。今回、病の発生源が貴族中心ということを考えると、何か情報が入らない限りこちらも後回しだな。つまり今回、最初に調べるのは――」


 ウィリアム様は、青く色分けされているエリアを指し示した。王城から放射状に広がる大通りに沿うように、王都中心部の広い範囲が塗られている。


「この青いエリア、貴族街だ。ただ、貴族の私有地は魔法騎士団の権限では調査することができないし、今回の極秘任務ではなおさらだ。だから、実際に調査に入れるエリアはさらに狭くなる」


 ウィリアム様は、青色で区分けされたエリアの中でも、さらに濃い青色で印がつけられている箇所を、指先でとんとんと叩く。


「まずは、貴族向けの商店が多く出店しているこの地域から調査を始める。例のブティックは目視や噂話から探すことになるが、情報収集に集中しすぎて目立ってしまうことがないよう、注意してくれ」


 ウィリアム様は、ビスケ様に視線を向けて、注意を促した。


「わかってるわ。情報収集、市場調査は得意分野。それよりウィル君・・・・こそ、ただでさえ目立つお顔なんだから気をつけなさいよね? 美男子クン」


「……わかってる。のことはいいから、ビスケも充分気を付けてくれよ。あなたの方こそ、男共に絡まれやすいんだから」


「まあ、美人だからね」


「はは、よく言うよ」


 ビスケ様に言い返されて、ウィリアム様は眉をしかめ、優しくそして心底心配そうな表情をする。

 そして――すごく親しげに、笑い合っていた。


 ウィリアム様のビスケ様に対する笑顔は、先日の夜会で他の令嬢たちに見せていた作り笑いとはまるっきり違って、感情がきちんと乗ったもので――。


「それで、ビスケたち魔道具研究室のメンバーに依頼したいことなんだが――」


 ウィリアム様は、続けて、ビスケ様たちに向けて話し始める。

 その間、私の心の中は、別のことでモヤモヤしていた。


 ――『ウィル君』って言った?

 家族でもないのに、愛称で呼んで……ウィリアム様は注意しないの?

 ビスケ様の方が年上だし、立場もある人なのに呼び捨てしていて、親しげで。

 それに、『俺』って……時折しか見せてくれない、素の口調で話していて。

 ウィリアム様とビスケ様は、どういう関係……?


「――と思ってるんだ。ミア、協力してくれるか?」


「……えっ?」


 突然、ウィリアム様に問いかけられる。

 いつの間にか、全員の視線が私の方を向いていた。


「ご、ごめんなさい、ぼんやりしてしまって……私は何をすれば良いのでしょう?」


「おいおい、大丈夫なのかよ、こんなボケーっとしたお嬢様を参加させたりして」


「こら、カスター、口を慎むでござる」


 金髪のカスター様が呆れるような視線を送り、それを白髪のホイップ様が一風変わった口調でたしなめた。

 私は申し訳なくなってしまって、思わずうつむく。


「ミア、大丈夫? 具合でもわる――」


 ウィリアム様は、そう声をかけながら、私の肩に手を置こうとする。

 だが、私は思わずその手を払いのけてしまった。


「――っ?」


「あ……」


 私は、自分のしたことに驚いてしまう。

 が、それ以上に、ウィリアム様はショックを受けたように固まってしまっていた。


「――お話の途中で、ごめんなさい。少し、お花を摘んで参りますわ」


 どうしてもいたたまれなくなってしまって、私は逃げるようにサロンを出ると、化粧室へ向かったのだった。





「……情けないわ」


 嫉妬、したのよね……私。


 ウィリアム様にはウィリアム様の築いてきた人間関係がある。

 男女問わず、他の人に優しくすることだってあるに決まってる。むしろ、婚約者が優しく交流関係が広いのは、とても素敵なことだ。

 ビスケ様とは、きっと仕事関係で仲が良いのであって、それ以上ではないのだと信じたい。

 しかし、それでも――。


「……ウィル、様」


 私は、まだ、その呼び方を許可されていない。素の自分を、私には、ほとんど見せてくれない。

 私は、ウィリアム様にとって、どんな存在なんだろう。

 ――誰かが噂していた、幼い頃からの想い人って……誰なんだろう。


 私が呪いの靄に触れてしまったと聞いて、すぐに駆けつけてくれて、心配そうにしていたウィリアム様を見た時。

 あの時は、大切に想われているのだと安心したのに……でも、一緒に過ごした時間は、まだ短い。

 埋められない時間が、越えられない壁が、私と彼の間には、ある。


 ――また、揺らいでいく。


 鏡に映る私は、青白い顔をして、不安そうに縮こまっている。

 ビスケ様と違って子供っぽいし、美人ではないし、仕事もできない。

 こんなに嫉妬深くて、ひとりよがりで、醜くて――孤独だ。


「……戻らなくちゃ」


 本音を言うなら、戻りたくない。どんな顔をして戻ればいいのだろう。

 だが、嘆いていても、やってしまったことは覆らない。


 今回の集まりは、ただのお茶会ではないし、婚約者との逢瀬でもないのだ。

 せっかく私を頼って依頼をしてくれたのだから、きちんと話を聞いて、ちゃんとしないと。


 私は無理やり気合を入れて、サロンへと重い足を向けた。

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