第五章 癒しの白光

1-22 疑念



 ミア視点に戻ります。


――*――


 新年の夜会から、しばらくして。

 手紙の件は解決しないまま、日々は過ぎていった。

 いまだにウィリアム様からの手紙は、一通も届かない。


 今日は、魔法騎士団の入団試験が行われる日だ。ウィリアム様なら、きっと問題なく合格するだろう。

 試験の結果は一週間程度で言い渡されるが、実際に入団するのは春。遠方から上京する新入団員も多いので、準備期間が設けられているのだそうだ。



 ――あの日。

 私はウィリアム様に、妹のマーガレットが、デイジー嬢と仲良く話していたということを伝えなかった。身内を疑いたくなかったからだ。

 けれど、手紙の件には、マーガレットが関わっているのだろうなという推測は、簡単につく。

 なんとなく顔を合わせづらくて、あれから少しだけ、マーガレットと距離を置いてしまっている自分がいた。


 マーガレットは、最近留守にしていることが多い。聞けば、学園の友人がかわるがわるお茶会に誘ってくれるのだそうだ。


 今度、うちにも友人を招待するから、その際は私にも参加してほしいと言っていた。

 私は、どうやって断ろうかと、頭を痛くしている。



「……治癒ヒール


 白い光が、私の両手から生まれる。

 考え事をしていたせいか、少し動作が疎かになっていたようだ。普段よりも弱々しい光だった。

 ナイフで傷を入れた豚肉は、普段ならしっかり傷が塞がるようになってきたのに、今日は全然元通りにならない。


「駄目ね……今日は集中できない」


 私は諦めて豚肉を大きめの塊に切り分け、お父様に頼んでベランダに置いてもらった燻製器に入れる。

 燻製というのは、良い香りのするスモークチップを入れて、煙と熱で食材を調理する製法だ。


 聖魔法の練習に使った肉や魚は、こうして燻製にするようにしている。

 そうしているうちに、お屋敷の中では私が燻製作りにハマっているという認識になった。

 子爵家の料理人が色々な材料を用意してくれるようになり、そのうち本当に燻製作りが楽しくなってきたのはまた別の話である。


 ベランダで、ぼーっと燻煙がたちこめていくのを眺める。


「火のないところに煙は立たない、か……」


 最近、ウィリアム様に関する噂を方々で聞くようになったと、マーガレットや使用人たちが言っていた。


 曰く、婚約者とは、二人で会うどころか手紙のやりとりも全くしないほど不仲だ。もうすぐ婚約を解消するらしい。

 曰く、幼い頃から心に決めた女性がいて、今もその人を想い続けている。

 曰く、彼は幼い頃からの想い人のために、魔法騎士を目指している。


 ――噂は噂。

 嘘だと信じたいけれど、大切な妹のことも疑いたくない。真偽を判断する根拠だって、なにもない。


 実際、手紙のやりとりはできていないし、最近のウィリアム様は忙しくて、二人で会えていない。

 幼い頃からの想い人がいるというのは聞いたことがなかったが、そういえば魔法騎士を目指している理由についても、教えてくれなかった。

 想い人がずっといたのだとすれば、婚約を結んだ当初、彼がすごく冷たかったことにも納得がいく。


 ウィリアム様を疑いたくもないが、噂を何度も聞いているうちに、どうにも気持ちが落ち着かなくなってきた。

 少し前まで輝いていた日々は、あの夜会の後からすっかり曇ってしまったようだ。



 聖魔法の調子も、あまり良くない。

 集中力を欠いている日や、暗い気持ちになってしまった日は、特に駄目だ。

 聖魔法の効果は、気持ちに左右されるものなのかもしれない。


「まだ、練習時間は残っているけど……なんか、もう、いいか」


 ウィリアム様のノートも、ステラ様の手記も、どうしても開く気になれなかった。

 特に、ステラ様の手記には大切なことが書いてあるに違いない、とわかってはいた。


 けれど、駄目なのだ。


 この手記には、あたたかい心が、優しい思い出が、満ちている。

 眩しすぎて、今の私には苦しくなる。



「ミアお嬢様、お勉強中に失礼致します。お嬢様宛にお荷物が届いておりますので、廊下に置かせていただきます」


「ええ、ありがとう」


 ベランダでぼんやりしていた私に、自室の扉の外側から声がかかった。

 聖魔法の練習をしている時間は、誰も部屋に入らないようにお父様が周知してくれているから、使用人たちも室内までは入ってこない。

 廊下の向こうに足音が遠ざかっていったのを確認してから、私は部屋の扉を開け、荷物を中に運び入れた。


「差出人は……ブティック・ル・ブラン、王都本店? 知らないブティックだわ……何も注文していないのに、どうして?」


 私は、疑問に思いながらも、荷物の封を開けた。


 ――この時、私は、もっと警戒するべきだったのだ。

 こんなにも嫌な状況が私を取り巻いていて、不穏な条件も揃っていたのに――。

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