1-9 大聖女の血筋と教会




「――ミア。君は、拾い子なのだろう?」


 ウィリアム様のその言葉に、私は大きな衝撃を受けたのだった。



 私が見た、ベイカー男爵にまとわり付く黒いもや

 それは呪いだと、ウィリアム様は見立てた。

 その見立てが正しいのであれば、私は大聖女の血を引いている人間であるということになる――確かに私にはその可能性があった・・・・・・・・・



 ウィリアム様が言った通り、私は拾われた子。

 ただ、お父様やお母様は自分の子として大切に育ててくれたし、戸籍上も養子ではなく実子ということになってはいる。


 事実を知るのは、私と両親、執事長、そして婚約を結ぶにあたって事情を知らされているオースティン伯爵とウィリアム様の、六人だけである。

 髪色は魔力の寡多によって変わるから親子で異なっていることも多いし、私の瞳の色は、偶然にもお父様の青色に近い海色だった。


 顔はあまり似ていないけれど、それを言うならお兄様と妹だって小さな頃は全然似ていなかった。

 二人は最近になって両親に顔立ちが近付いてきたが、成長途中の子供にはよくあることだろう。

 だから、使用人たちも、私の兄妹も、私が養子であることには気づいていないと思う。



 先程の発言を受けて、ついつい悲しい顔をしてしまっていた私に気付いたのか、ウィリアム様は少し慌て始める。

 射抜くような真剣な表情から一転、明らかに目が泳ぎ始めたウィリアム様。

 なんだかそのギャップが新鮮で、急に彼が親しみやすく感じられた。


「ミア、その……すまない。断じて、君を傷つけようと思って言った訳ではないのだ。君が何者であろうと、私は君のことを愛しているのだから」


「愛だなんて、そんなに軽々しく口にするものではありませんでしてよ」


「そっ……そうか、そうだよな……すまない」


 私がツンと口を尖らせてそう切り返すと、ウィリアム様はしゅんとしてしまった。

 上手いこと返せず肩を落としているウィリアム様を見て、私の胸は少しだけ痛んだ。

 だが、私は気にせず話を先に進める。


「それで、ウィリアム様がおっしゃりたいのは、私が実は聖女様の血筋なのではないかと――そういうことでしょうか?」


「あ、ああ。その可能性はあるな」


 んん、と喉を整えてから、ウィリアム様は元の真剣な調子で話し始める。


「――大聖女の血を引く現在の聖女たちは、衣食住が保証される代わりに生活のすべてを教会に管理され、各地の教会に散らばっている」


 聖女たちは、その力の特性から、魔王との戦いが終わった後も、復権を狙う魔族に執拗に狙われる存在だった。

 大聖女の血筋の特別な力を途絶えさせないためにも、教会は聖女の血を引く女性を把握し、ずっと保護し続けてきたのだ。


 そのために教会は神殿騎士団を組織し、王都を守る魔法騎士団と同様、戦時中は国防の要として機能していた。

 魔族との戦争がおわった現在も二つの騎士団は健在である。

 いまだに魔獣は存在するため、教会の役割も聖女のつとめも変わらず、そのせいか『聖女の血筋の保護管理』も続いているのだ。


 私が頷いたのを見て、ウィリアム様は続ける。


「中でも王都の教会にはたくさんの聖女がいるが、自由な外出も許されない場所だ。聖女は基本的に見合いで結婚するようだが、中には派遣先などで恋人を作り、駆け落ちする者がいてもおかしくはない」


「そうですか……」


 つまり、私の産みの母は『教会を抜け出し恋人と駆け落ちし、子供を出産してエヴァンズ子爵家の近くに捨てた聖女』ということなのだろう。


「……私にはあまり理解出来ませんわ」


 仕事も生活も約束されている教会を出て恋人を選ぶなんて、恋をしたことのない私には到底理解出来なかった。

 それに、安定した生活を蹴ってまで恋人を選んだ産みの母は、どうして自分の子を捨てたりしたのだろうか。

 ――国民の命をその魔法で救ってきたはずの聖女が、幼い命をないがしろにするだなんて……そんなの、まったく現実味がない。


「ミア……」


 ウィリアム様は憐れみの情を視線に乗せる。

 眉を下げ心配そうに私の目を覗き込んでいるが、私自身はそんなにつらくない。ただ、理解が追いつかないだけだ。


 育ての父母――お父様とお母様は、私を心から愛し、可愛がり、大切に育ててくれた。それこそ、自分たちの実子である私の兄や妹と同じように。

 だからむしろ、私は恵まれた環境にあって幸せだったと思っている。


 先程悲しい顔をしたのは、捨てられたという事実より、大好きなお父様やお母様の血を分けてもらった子供ではない、という事実を思い出して少し切なくなっただけ。


「大丈夫ですわ、ウィリアム様。そんなお顔をなさらないで下さい。その表情より、普段のお顔の方が好ましいですわ」


「こっ……」


 ウィリアム様は固まってしまった。

 喉に何か詰まったみたいに、目をまん丸くしている。


「こ、こここここ」


 鶏か。

 いや、そうじゃなくて、本当に何か詰まったのだろうか。顔が赤くなってきた。

 私はがばっと立ち上がり、水差しを手に取る。


「ウィリアム様、大丈夫ですか!? お水、お水を飲みま――」


「こ、好ましいって言った? ミア、の顔は好み?」


「……はぁ?」


「ミア! 普段のの顔は好み!? ねえ、ミア、もう一回――」


「そっ……聞き間違いではございませんか!?」

 

 子供みたいにキラキラした笑顔で、水差しを持ったままの手をガシッと掴まれる。

 美しい顔がぐいっと迫ってきて、私は思いっきりのけぞり、顔を背けた。

 ――顔が熱い。

 横目でチラリとウィリアム様の顔を見ると、満面の笑顔がそこにあって……なぜだか幼い頃のルゥ君の笑顔が頭をよぎって、胸がちくりと痛んだのだった。

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