1-6 天才少年の誓い ★視点変更あり



 前半ミア視点、後半ウィリアム視点です。


――*――


「やあ、ミア。どうしたんだい、今日は少し元気がないね」


「気のせいですわ」


「いや、そんなことはない。何かあったのなら、相談に乗るよ」


 ウィリアム様は、そう言って私の手を握る。

 マメだらけの、しかし温かい手――記憶の中のルゥ君の手は、マメなんてない、綺麗な手だった。

 昨日見た悪夢のせいか、そんなことを考えてしまって、自己嫌悪する。


「……いえ、ウィリアム様に相談できるようなお話ではございません」


「……そう」


 ウィリアム様は、しゅんと項垂れてしまった。

 私は申し訳なく思って、ウィリアム様に話を振る。


「ところでウィリアム様。試験の対策は順調なのですか?」


「ああ。心配してくれているのかい?」


「あ、ええと、お忙しいのによくお顔を見せに来て下さるので、大丈夫なのかしらと」


 魔法騎士団の入団試験は、かなり難しいと聞いている。

 試験は年明けだから、あと四ヶ月を切っているはずだ。


「ふふ。これでも剣も人並みに使えるし、魔法の腕前は魔法師団の団員にも劣らないと言われているからね。心配ないよ」


「そうなのですか?」


「ああ、実は魔法師団の方からずっとスカウトを受けているんだが、断ってるんだ」


「え、あの魔法師団からスカウトを?」


 主に荒事を担当する魔法騎士団に対して、魔法師団は文字通り魔法のエキスパートが集まる部署だ。

 魔法騎士団と連携して実戦に使える魔法を開発したり、新しい生活魔法や魔道具を考案したり、文献に残されている古代の魔法を再現できないか研究したりしている。

 王国トップレベルの頭脳集団で、魔法騎士団と並ぶ超高倍率の人気部署のはずだ。


「うん。十二歳の頃に学園で提出したレポートが評価されてね」


「あ……噂で聞きました。確か数年前に、王立魔法学園の一年生が、入学早々とんでもないレポートを提出して話題になったって……それ、ウィリアム様だったのですか?」


「そうだね」


「それは存じませんでした……申し訳ありません」


「いいんだ。目立ちたくなくて、隠していたしね」


「そうだったのですか」


 確か、『魔獣避けの結界を張る魔道具』に関するレポートだったか。

 それを読んだ教員が実際にその道具を作製し使用してみたところ、当時の結界用魔道具に比べて驚くほど高い効果を発揮したそうだ。

 その魔道具は急ぎ魔法師団によって検証・量産されて、農村部での魔獣被害を格段に減らすことが出来たのだとか。


 レポートを書いた学生はその名を公表することを拒否し、さらには三年間の教育課程をなんと一年間ですべて修了。

 魔道具の量産が終わってレポートが有名になる前に、さっさと卒業してしまったのだと聞いた。



 容姿だけではなく、頭脳も実績も兼ね備えていたとは。

 自分の婚約者が思った以上にハイスペックだったことに、私は驚愕を隠せない。


 そして、それなのにウィリアム様に何の興味も持っていなくて、華々しい実績も何ひとつ知ろうとしなかった自分に、また嫌気がさした。

 ――ウィリアム様は、こんな私なんかが婚約者で、良かったのだろうか。


「――ねえ、ミア。なにか、悲しいことを考えてない? その考えはきっと、間違ってる」


「え……」


「私は、ミアがいいんだ。ミアじゃなきゃ駄目なんだよ」


 新緑色の瞳が、私を射抜く。

 その澄み切った瞳に、何もかも見透かされているみたいだ。


「どうして……?」


「……ミアと婚約したいと父上に頼んだのは、私なんだ」


「――え?」


 そう告げるウィリアム様の顔に、ほんの少しだけ寂しげな色がよぎる。

 私とウィリアム様は、婚約の際に対面したのが初めてだったはずだ。

 考えてもわからなくて、私は首を傾げる。


「ウィリアム様、以前私と会ったこと、ありましたか……?」


 私が問いかけるも、ウィリアム様はただ無言で微笑んでいる。


 芸術品のように整ったかんばせ

 ほどよく筋肉のついた、引き締まった体躯。

 さらりとした黒髪、ペリドットのような新緑の瞳。


 まじまじとウィリアム様を見ながら記憶を探るが、やはり私には思いあたる節がなかった。


「……すまない。今日はもう戻らなくては。ミア、今日は短い時間しか取れなかったのに、丁寧に出迎えてくれてありがとう。また来るよ」


「あ……お見送り致しますわ」


 そう言うと同時に、ウィリアム様の手が離れていく。

 ――離れていくその温度を、ほんの少しだけ、寂しく思っている自分がいた。



――*――


 ここからウィリアム視点です。


***


 ミアと別れて、俺は馬に乗る。

 王都の道をゆっくりと歩かせながら、空いている手で懐を探った。


 上衣の内ポケットから取り出したのは、ボロボロになって千切れた護符アミュレット

 幼少期、体の弱かった俺を診てくれていた教会で、聖女から授かってきたものだ。

 聖女の加護がかけられていたのだが、ある事故の後、ボロボロになって加護もすっかり切れてしまった。


 だが、こんな状態になっても、俺はこの護符をまだ捨てられずに持ち歩いている。

 この『癒しの護符』がなければ、俺の命も失われていたかもしれない。


 それに、これは思い出の――否、誓いの品だ。

 魔法騎士になって、魔獣を駆逐するという誓いを忘れないために、持ち続けている品。



 ミア。

 君は気付いていないだろうが、俺は最初から知っていた。



 数年の時を経て、再びミアを見つけることができたのは、偶然だった。

 当時十三歳――俺は、提出した論文が認められ、王立魔法学園を早々に卒業することが決定していた。


 その日は、最後の登校日。

 騒がれるのが嫌だったので、同級生にも何も言わず、普段通り友人と挨拶を交わして下校した。


 けれど、やはり少し開放的な気分になっていたのだろう。

 俺は少しだけ寄り道をしてから、屋敷に帰ることにした。

 従者に景色の綺麗な道を選ぶように指示して、馬車の窓を開け、王都の街並みを眺める。


 市街地を少し外れ、緑の多い区域――同じ貴族街の一角なのに、オースティン伯爵家のある場所と違い、この地域は自然が多い。

 耳を澄ませば、鳥のさえずりや虫の鳴き声も聞こえてくる。


 従者に尋ねると、子爵や男爵の住むタウンハウスが連なる場所らしい。

 そこで見かけたのが、庭で花を愛でているミアだった。


 ミアを初めて見た時、俺は思わず、馬車を停めさせ、彼女を目で追ってしまった。

 美しい白銀の髪、アクアマリンのような青い瞳。

 何度も記憶を辿り、何度も想像した、誓いの原点――あの時の少女が、そのまま成長したような容姿だった。


 それから何度か同じ道を通ったのだが、彼女の姿を見ることは叶わなかった。

 信頼のできる従者に頼んで調べさせたところ、彼女の名が『ミア』であること、訳あって屋敷の外にほとんど出ないこと、そして――婚約者がいないこと、身分は子爵令嬢で、都合よく伯爵の三男である俺と釣り合いそうだということを知った。


 俺が父に事情を話すと、父はエヴァンズ子爵と交流を持つために、しばらく時間と手間をかけてくれた。

 そしてその年の冬――俺の願いは、叶うことになる。


 ――ただし、ミアの想いは、『ウィリアム』には一切向いていなかったのだが。


 けれど、それでもいい。

 エゴかもしれない。利用しているだけかもしれない。

 だが、俺は俺の立てた誓いのために、ミアのそばで、ミアを守る必要があるのだ。


 この結婚に、気持ちなど伴っていなくてもいい。

 何故なら、俺には魔法騎士としてするべきことがあるからだ。

 だから、家のことや、まして恋や愛などという不確かなものは、後回しでも構わない――最初は、確かにそう思っていたはずだった・・・



「……もう到着か。気を引き締めないとな」


 気付けばもう、魔法騎士団の演習場のすぐそばまで来ていたようである。

 この後行われる鍛錬に向けて、俺は自分自身に喝を入れたのだった。




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