第19話─悪魔の証拠隠滅、証拠は悪魔

 声を荒らげたベイに、シュベルは丁寧にお辞儀をして見せた。そのあからさまな行為が、かえってショーの始まりを強調させる。


「残念だケドネ、ベイ殿下。濡れ衣なんかじゃあないんだヨ」


 シュベルはあえてゆっくりと、まるで役者のように大袈裟に語り始めた。テオドールはどこか感心した様子で、シュベルを見つめる。

 オーキッドはすっかり口を噤んで、シュベルの横顔を見つめている。


「順を追って話をしようカ。この辺の話は、ちょうど現場にいたアン嬢にしてもらおうカナ?」

「構いませんわ」


 アンは扇子を掲げながら、冷めた目でシレーネを見下ろした。


「八月の十四日……卒業パーティのことですわ。まず、ベイ殿下が婚約者のアマリリスとは違う女……シレーネ・アルメリアを連れて、アマリリス・フォーサイスにありもしない罪をでっち上げ、婚約破棄を突きつけたことから始まりました。当然アマリリスはシレーネ・アルメリアを虐めるなんてそんな愚かなことはしておりませんから、その場で証言は破綻。ベイ殿下とシレーネ・アルメリアは会場から退場致しました」

「なっ……その件に関しては箝口令が敷かれて要るはずだぞ!」


 アンは物語の読み聞かせでもしているかのように語り始めた。ベイの喚きも聞く様子すらなく、ただ淡々と話を進める。


「事件が起きたのは、それから少しした後のこと。わたくしはアマリリスに後で話があると言われていたのですが、気づけばアマリリスは姿を消していましたの。その事を友人に聞いたわたくしは、会場を出て……そう、そこでハルト・ルドベック様と出会ったのでした。ハルト・ルドベック様は、どこか正気を失った様子で言いましたわ。アマリリスが殺されている、と。ハルト様、そうですわよね?」

「あ、ああ……」


 ハルトは躊躇いがちに頷いた。


「わたくしは慌ててハルト様の仰った場所に行きましたわ。そこには確かに、アマリリスの死体と……そして、悪魔召喚をした時の魔法陣が、しっかりと残っておりました。そこから先は、皆様がご存知の通りですわ」


 アンはカーテシーをして、一歩下がった。シュベルはうん、と頷いた。眼鏡を押し上げて、テオドールを見やる。


「では次にテオドール、現場の状況を説明してくれるカナ?キミは捜査を任されていたよネ?」

「ええ。私は国に、悪魔召喚についての捜査を依頼されました。皆様ご存知かと思いますが、被害者であるアマリリス嬢の弟は私の親友ですから、自然とそちらの方も捜査致しました次第でございます……さあ、前提はさておき、遺体の状況と現場の状況を申しましょう」


 テオドールは普段よりも大分かしこまった様子で、語り始めた。

 研究者らしいな、と、オーキッドは偏見でしかない考えを頭の隅で考える。どのみちオーキッドの出番は戦闘になってからだ。エルドラーダで推理などできないし、エスパニャーダでしてしまうと間が悪すぎるためだ。


「アマリリス嬢は心臓を一突きされて亡くなっていました……というのは、先程もシュベル様が仰っておられましたが、もう一点、アマリリス嬢の背中に切り傷がありました。そして、その切り傷からして、加害者は左利きであることも判明しました。その時会場にいた方で、左利きの方は三人です。ベイ殿下、ルドベック卿、シレーネ・アルメリアの、ね。これで三人に絞れたわけです」

「な、俺を疑っているのか!?」


 テオドールは親指、人差し指、中指を立てた。声を荒らげたベイに、テオドールは首を横に振る。


「いいえ?さて、三点、捜査中に現れた疑問点をお話します。まず初めに、ルドベック卿はアマリリス嬢の死発覚後、フォーサイス家に訪問しましたね?」

「ああ、したな」

「その時何を話したかは覚えていますか?」

「いや……記憶が曖昧なんだ」

「そうですか。こう話したそうですよ。ベイ殿下がでっち上げた断罪中に、ヒュー卿に命じてアマリリス嬢を殺させた、とね……ああ、分かっています。分かっていますから、今は何も仰らないで」


 テオドールは微笑んだ。その笑みにはどこか圧が感じられる。


「二つ目に、切り傷の件です。切り傷は、刺し傷の後に付けられたものでした。しかし、刺し傷見つけた頃には当然、アマリリス嬢は亡くなられています。即死ですからね。では、何故そのようなことをする必要があったのでしょう?三つ目、先程アン嬢はこう仰られましたね。魔法陣がしっかりと残っていた、と。しかし、我々が捜査した段階では、悪魔召喚の後は見られても、魔法陣はほとんど見えなくなっていました」


 シレーネは、怯えた様子でベイにしがみつきながら、テオドールを見つめている。テオドールはシレーネを見ることはせずに、話している。

 オーキッドは、ぽん、とテオドールの背を軽く叩いた。テオドールは微かに目を見開いて、ふ、と肩の力を抜く。


「さあ、この疑問点から、事件の順序が見えてきました。皆様、悪魔召喚と殺人事件は、どちらが先に起こったと思いますか?バルディオ、どう思う?」

「そんなの、アマリリス嬢の血を使って悪魔召喚をしたに決まってるだろ?他に使える血なんかねえし……」

「そう、それがカムフラージュなんです。本当は、悪魔召喚が先で、殺害が後なんですよ。一応右利きでも左利きのフリはできるという反論も予想して、これも踏まえてアンは犯人では無い、ということを主張しておきますね。犯人は悪魔召喚後、たまたま現れたアマリリス嬢を……口封じのために殺害したのか、あるいは元から殺害する気だったのかまでは分かりませんが、殺害。その後一度姿を消し、ルドベック卿か、あるいはアンが死体と魔法陣を発見。ことの次第は会場に広まります。その後犯人は再び現場に現れて、アマリリス嬢の背中を切りつけ、その血液で魔法陣を消したのです。時間も経てば魔法陣の血は乾いてしまって、証拠を消すのも大変になりますからね」

「ま、待ってくださいよぉ!あの後、現場は封鎖されましたよね?どうやって消すっていうんですかぁ?」


 シレーネがおずおず、といった様子で反論した。しかしその瞳には勝ちを確信しているのか、不安の色は見られない。


「それは貴方が一番ご存知なのでは無いですか?シレーネ・アルメリア嬢。その時には悪魔召喚は済ませていた訳ですから、封鎖されていようが警備員をどうにかすることなんて難しくなかったでしょう?」

「だ、だから……なんで私前提なんですかぁ?ハルト様の可能性だってありますよねぇ?」

「目撃者がいるんですよ。そうですよね?ヒュー卿」


 シレーネが相好を崩して、ヒューを見た。ヒューは気まずそうに頬をかいて、おう、と返す。


「あん時、お前が警備員に親友が殺されたんだだのなんだの言って、無理やり入ったの見てたんだよ。すぐ他の騎士団の人に言おうと思ったんだけどよ、その後よくわかんねえ男が出てきて、警備員気絶させてて……俺、絶対あれが悪魔だと思って、証言したら殺されるかもって……」

「話してくださりありがとうございます。お守りしますから、心配なさらず。……さあ、ここで一つ目の疑問の解決に向かいましょうか」


 もはや、会場にいるうちの全員が、犯人がシレーネであることを確信していた。なにより、ヒューとてシレーネに心酔していた者の一人なのだ。その一人が、怯えながらも証言をした。その事実だけで、十分だった。


「警備員がシレーネ・アルメリア嬢の無理やりの侵入を証言しなかったことに、一つの仮説を立てました。それは、記憶の操作です。禁忌魔法の一つでもあります。人間には使えませんが、使える悪魔は存在します。さて、ここでハルト卿に尋ねましょう。アンにアマリリス嬢のことを伝える前に、どなたかに会いましたよね?」

「ちょ、そんなの誘導尋問よ!」

「シレーネ嬢に会った。まだ帰っていなかったのかと驚いたことを覚えている。……その後のことは、記憶が曖昧だが」

「言わされてるのよ!ねえ、信じて?ベイ。みんなこの人に騙されてるのよ!」

「……あ、ああ」


 ベイはもはや、魂が抜けきっているようにも見えた。

 テオドールの心臓が、激しく脈打つ。それは、推理が間違っているかもしれないという探偵の心ではなく、この後間違いなく訪れるであろう、悪魔との対峙に対する緊張だ。

 オーキッドはふらふらと目線をさ迷わせている。


「つい最近、至る所で魔物襲撃があったな」

「……は、はぁ?いきなり何の話ですかぁ?」

「その時にアンがな、見かけてるんだ。お前と、悪魔との会話を。ホフバの襲撃が失敗したことを、悪魔に責め立てているお前の姿を」

「そ、そんなの、アン様があたしのことが嫌いだから、そうでっち上げただけに決まってるじゃないですかぁ!」


 テオドールもシュベルも、認めようとしないシレーネに、思わず眉をひそめた。もう、周りは味方につけている。だと言うのに、本人からの認める言葉は得られない。

 焦りを覚えていた。物的証拠がない。もっとも、状況証拠だけでも十分処罰の対象にはなるのだが、それでも、本人が認める言葉がないと動けなかった。


「シレーネ嬢、ベイ殿下からのネックレスはどうしたんだ?」


 静寂と焦りが支配する中、ハルトが口を開いた。


「え……?」


 ベイはシレーネの首元を見た。ハルトは鋭い眼光で、シレーネを睨みつける。


「テオドールくん、君に一つ証拠をあげよう。現場に落ちていたものだ。実はこれ、アマリリス嬢のものだと思っていたんだけど……確たる証拠、だったんだな?」


 ハルトは胸ポケットから、袋に入ったネックレスを取り出した。ベイが目を見開く。

 テオドールはオーキッドを見た。オーキッドは首を横に振る。


「二人の反応から見るに、シレーネ嬢のもので間違いなさそうだ。どうかな?強力な証拠……だと思うんだけど」


 ハルトは微笑みながら言った。テオドールは様々な感情を綯い交ぜにしながら、小さく笑い返す。


「色々と言いたいことはありますが……助かりました、と言っておきましょう。さあ、まだ言い逃れする気か?シレーネ・アルメリア。どう考えても、犯人はお前しかいないぞ!」

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