第14話─第一の推理、第二の変化
テオドールの話を聞いたアンは、腕を組んで目を閉じた。重苦しいため息とともに、か弱い風が扇から出される。
「そうしたいのはやまやまですけれど……わたくし、いま停学期間よ?悪魔召喚の容疑者ですもの。この間と今回はオーキッド様、あるいはあなたがわたくしを取り調べする、ということだったから外出が許されただけで……それに、あの女も停学中……というか、そもそも退学のはずだわ。犯罪を犯したにせよなんにせよ、王子を籠絡したことには変わりないし、その結果王子の婚約者が殺されてるんだから」
アンがやれやれと首を横に振りながら言った。シュベルはベルの顔をのぞき込む。
「オーキッドクンにも捜査の権限が与えられてるんだネ?」
『国家騎士団の団員ですからね。一応学校に行ってる間は休みってことにしてますけど、それ以外の時間は仕事してるんですよ。これもそう。後で報告書書いて出しますからね』
二人は小声で会話を交わした。さすがにオーキッドも、ストレート入団予定だったところに、急遽「女装して学園に通うので辞退します」とは言えなかった。
そこで解決案としてだしたのが、夜勤である。騎士の仕事は基本、時間帯によって分けられている。午前六時から午後二時。午後二時から午後十時。午後十時から翌日の午前六時の三つだ。夜勤希望の騎士などほぼいなかったものだから、申請をしたらすぐに通った。
また、オーキッドは姉の殺害捜査も、希望を出して受け持っていた。家族だからと、大した反対もなく通った。
「接触って言っても、なにも単体で行けっていうんじゃない。キディが隠れて監視はする。ただ三人……いや、騎士も入れて四人と話す機会を与えるから、必要な情報を聞き出してほしいんだ」
「オーキッド様が?」
「捜査員だからな。便宜上そのあと別の捜査員に事情聴取は受けるかもしれないが」
ベルは頷いた。エルドラーダが流暢に話せない以上、事情聴取自体を引き受ける気はなかった。
「それ、上の人に怒られるんじゃないカナ?第一容疑者を協力者に、なんて」
「そのことについては問題ない。アンは右利きだから、容疑者からは外れた」
「右利き?」
「殺害した犯人は左利きなんだ。じゃないとあんな傷にはならない……だよな?」
ベルは頷いた。テオドールは机の上にあるプリントの束を手に取る。
「背後から左肩から右腰にかけて切られていたんだ。死因は間違いなく心臓を一突きされたことだろうが」
「え?ま、待って。背後から刺すなら、切り付ける必要なんてないわよね?」
「あぁ。そこは俺も疑問なんだが……ただ、その時につけられた傷であることは間違いないらしい。まぁ、キディによると、だけどな」
『刺したあとに切らないとあんなことにならないからね。まぁ、意図はわからないけど』
オーキッドは直に、アマリリスの死体を確認していた。というのも、葬儀のために家に運ばれてきたとき、夜中にこっそり確認したのだ。埋葬前に傷を確認しておきたかった。姉に申し訳ない気持ちは大なり小なりあったが、そうも言ってられなかった。
改めて考えると、当日着ていたドレスを確認すればよかったな、ともオーキッドは思ったが。
シュベルは眼鏡を中指で整えて、に、と蛇のように笑った。
「悪魔召喚のために必要だったとか……かもネ?」
テオドールが目を丸くした。
「そんな悪魔召喚があるのか?」
「直接的に必要なものはないケド……間接的ならいくらでもあるヨ。たとえば、臓器……とかネ」
「ひっ……」
アンが口を手で押さえた。ベルは苦笑いしながら、首を横に振る。
「ない。大丈夫。傷、浅いかった」
「そ、そう……」
アンがほうっと息をついた。テオドールは腕を組んでうなり声をあげる。
「まぁ、その話はとりあえず後だ。あの魔方陣がアマリリス嬢の血を使って書かれたものだとするならば、アンには不可能だ。時間がなさすぎる。殺害者なら可能だったかもしれないが、犯人とは利き手が違うし、とっさに死体を見て悪魔召喚をしようとは確実にならないからな。どう考えても計画的犯行だ」
召喚方法から何から何まで、調べてからでないとできない。殺害に使われたという剣も未だ見つかっていないらしく、兎角捜査は難航しているらしい。捨てる場所すらも、犯人は計画していたのだろう。
「そもそもどうして容疑者に上がったのカナ?初歩的な疑問で申し訳ないんだケド」
シュベルが首を傾げながら問うた。確かに、とベルも改めて思い返す。テオドールに言われて疑問も持たずにいたが、よくよく考えると不思議である。
主に、悪魔召喚に関与していると言う割にはアマリリスの殺害に関する話は何も出なかった点だ。普通なら、悪魔召喚をした人物とアマリリスを殺害した人物は同一犯だと見るだろう。にも関わらず、国は別々の人が行ったものだと考えているらしい。
「簡単な話、アンが一番最初に発見したからだな。厳密には最初じゃないが……それからほかの人が来るまで一人だったし、それに魔法が使えなかったから一気に容疑者として……ってわけだ」
「いくつか引っかかる言葉があるネ。厳密にはって言うのは、犯人が第一発見者だって言いたいのカナ?それとも、他にいるとか?」
「他にいる。ルドベック卿が本来の第一発見者のはずだ。はずって言うのは、混乱しすぎていたせいで証言がしっちゃかめっちゃかだったからなんだが……」
ベルは、そういえばそんなことをアンも話していたな、と考えた。
『まあでも、彼は無いとみていいね』
「ん?なんでカナ?思わず殺してしまって動転……なんてことも、あると思うケド」
『いや、だって、精霊いたからさ。あれはどう見ても計画犯罪だよ?まあ、きな臭いなとは思ったけど……』
「あの、わたくし、一つ思ったことがあるのですけれど」
アンの声に、ベルは首を傾けた。
「リリィを殺した後に悪魔召喚をしたのではなく、悪魔召喚をした後にリリィを殺したのではなくて?あ、いや、血がリリィのものだと断言できるならもちろん順番は殺害したあとに悪魔召喚だと思うのですけれど……誰の血液かわかる技術なんてあるのかしら」
「……なるほど」
テオドールは腕を組んで、脇腹を指でとんとん、と叩き始めた。ベルは、うん、確かに、と声を上げる。
『それなら、刺した後に切った理由も何となくわかるね。順番を紛らわしくさせるためだ。出血多量なら、まず間違いなく悪魔召喚に使われたのは姉上の血だと思うだろうからね。現にそう思い込んでいたし』
「ということは、やっぱり同一……」『かは分からないけどね。悪魔召喚の跡を見て罪を擦り付けられると思ったのかもしれないし。逆に、見られたから殺した、なんてのもありそうだ。捜査は振り出しに戻る、だね』
ベルがため息をついて、肩を竦めた。テオドールは、いや、そうとも限らないぞ、と声を上げる。そしてプリントを二枚、ホチキス止めしたものをシュベルに手渡した。
「残った悪魔召喚の痕跡だ」
「ふむ……結構用意周到なのカナ、あんまり痕跡自体は残っていないようだネ」
「……あら?」
アンが資料を覗き込んで、首を傾げた。どうかしたか、とテオドールが尋ねる。
「わたくしが見た時はもっと、しっかりとした六芒星が残っていたのよ?形が全く分からない、なんてことあるのかしら」
テオドールとシュベル、ベルが顔を見合せた。
「それってつまり、痕跡がまた消されたってことか?アンが発見した後に」
『魔法陣はその時にはもう乾ききってたはずだよ?可能なのかな、そんなこと』
「痕跡を消す準備さえしてたら可能なんじゃないカナ」
三人が三人、己の意見を述べる。ベルの言葉が分からない以上、アンはこの卓球のラリーのような会話に入り込むことは出来なかったが、それでもアン自身も様々な思考を巡らせていた。
「アン嬢、その時現場に誰がいたのか分かるカイ?」
「現場にはわたくし以降に入った人なんて、捜査の人くらいだと思いますわ。普通入れないですもの。取り調べだって別の部屋で受けましたし……」
アンの回答を受けて、ベルは顎に手を当てた。
『それについては僕が聞いてみるよ。もしかしたら、誰か入った人がいるのかも。それも、記録をとる前に』
「じゃあ、お願いする」
その時だった。ヴィー、ヴィー、とけたたましい音が突然鳴り響き始めた。
四人は思わず耳を塞いだ。塞いでいてもうるさいと感じるほどの音に、不快感よりも先に恐怖と驚きが襲う。
「な、なに!?」
「キディ、お前のペンダント!」
ベルは慌ててペンダントを取りだした。ペンダントに埋め込まれた水晶は、淡く光を放っている。
ペンダントの蓋を、アワアワと開けた。
「オキッドです、どうしました」
ベルはたどたどしく口を開いた。水晶から、やけにくもった音が流れる。
「ホフバ港に大量の魔物が現れた!緊急出動を命ずる!」
ベルとテオドールの目付きが変わった。シュベルやアンもまた、深刻そうな顔を見せる。
「了解」
ベルはペンダントの蓋を閉じて、懐にしまった。そして鞄の中から服を取り出す。
『びっくりしたぁ……持ってきておくもんだね……』
「言ってる場合か。着替えるなら急げよ」
『三十秒待って』
ベルはアンに背を向けて、制服の上からコートを羽織って、スカートを脱いだ。白いズボンを身につけて、ベルトを付ける。
テオドールもその間に、茶色の薄手のコートを羽織った。
『できた』
「剣は?」
『持ってる。ごめん、二人とも。話の続きはまた今度』
オーキッドはそう言って、扉の方に向かった。放置された鞄を、テオドールはやや乱暴に部屋の隅に置く。
「え、ええ」
「テオドールも行くのカイ?せいぜいくたばらないように気をつけてネ」
「なめんな。あ、アン、後で家まで受け取りに行くから出る時にこれで鍵閉めておいてくれ」
テオドールは鍵をアンに放った。アンは慌ててキャッチして、溜息をつきながらはいはい、と返事をする。
慌ただしく出ていったテオドールを見ながら、アンとシュベルは顔を合わせて、苦笑いをした。
「このうちに、魔法陣について聞かせてくれないカナ?家に帰って調べるヨ」
「分かりましたわ」
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