■夕間暮の気まぐれ(2)

 次の日の帰り道。


 駅で先輩と別れたあとに、コンビニへと寄る。学校だと飲み物は、自動販売機にある乳製品ばかりなので、たまには炭酸飲料が飲みたかった。


 普段は買い食いなんかしないので、私としてはめずらしい行動だ。ヨーグルト風味の炭酸飲料を購入したところで、自分が乳製品から離れられない存在になっていることに気付き自嘲する。


「ま、いっか」


 学校の自動販売機には、オーソドックスな乳製品ばかりではなく、変わり種の乳性飲料もある。それに比べれば、乳性炭酸飲料は王道なソフトドリンクであろう。


 飲みながら歩くのも、はしたない。なので、コンビニ前のゴミ箱の前で立ち止まった。飲み物を片手に、朱に染まった夕焼け空をまったりと堪能する。


「もりっち」


 そう呼ばれて振り向くと、見知った顔がこちらに歩いてきた。


「ハリー?」


 元友人である、橋元莉々ことハリーだった。


 彼女は電車通学なので、下校時に駅の方に来るのは当然のこと。けど、コマたちとの事もあるので身構えてしまう。


 すると彼女は、神妙な顔で私の前で立ち止まり「ごめん」と頭を下げる。


「え? どしたの、急に?」

「ずっと謝りたかったの。本当はヤンに嫌がらせはしたくなかったの」


 神妙な顔で、私にそう告げるハリー。少しやつれているような気がする。眠れていないのだろうか?


「それは、本人に言うべきだね」

「ヤンには本当に悪いと思ってるから、気が引けちゃって。あの子に伝えてもらえると嬉しい」

「別にいいけど……私も、杏のこと無視してた時期もあったし、ハリーの気持ちも理解できるよ」


 グループを作りそこで仲良くし合うのは、足枷ができるようなもの。仲間同士のルールだけじゃなく、誰かを嫌いになることも強制される。それは、本音を隠し通さなければならない苦行。


「ありがとう。その言葉で私は救われるわ」

「でも、どうしたの? 急に。もしかして、ハリーもあのグループ抜けたの?」

「ううん。私は、もりっちみたいな勇気はなかったから」


 ハリーは、先ほどから目を合わせようとしない。後ろめたさは、私が許したところで消えないのだろう。


「ま、仕方ないよね。コマってけっこう根に持つタイプだから」

「そうなんだよね」


 コマは、常に自分が中心でなければならない、というタイプだ。従わない者は、制裁を受ける。味方なら心強いが、一度敵に回すと厄介極まりない。


「学年変わって、クラスが離れて『自然消滅』ってのが一番無難かも」

「うん、そうなればいいよね」

「じゃあ、私なんかと関わらない方がいいよ。コマたちに見られたら、ハリーの立場がヤバいでしょ」


 それは、彼女自身もよく知っているはずだ。


「うん……」

「まあ、私は気にしないし。法律に触れるような酷いことしないなら、私もあんまり騒ぎ立てないからさ」

「うん、気をつける」


 ハリーの表情は、ずっと暗い。杏に酷い事をしたという自覚があり、引け目を感じているのだろう。


 とはいえ、首謀者であるコマは気にも掛けないし、これからも嫌がらせを行うはずだ。


「つらいなら、やっぱりコマたちから離れれば?」


 私は、彼女の表情を読み取って、そう提言する。


「……ううん、わたしは、もりっちやヤンみたいに強くないから」


 コマは、裏切り者には容赦しない。それは、杏や私への当たりの強さをみれば一目瞭然だ。よほどの覚悟がなければ、抜けるのは難しいだろう。


「……無理しないでね」

「うん。ほんと、ごめんね。というか、また迷惑かけるかもしれないんだけど」


 まあ、そうだよね。コマたちの仲間でいる限り、杏への嫌がらせを行うことになるだろう。


 彼女には同情半分、残りは憐れみだ。


 まあ、私も同類だったのだから、人のことは言えない。でも、曖昧なままでいれば、コマにも杏にも嫌われる。本当にトラブルを避けたいのであれば、自分の立場は明確にしておくべきだろう。


「私じゃ、あんまり頼りにならないかもしれないけど、占い研に相談に来てくれれば、そよぎ先輩が役に立つアドバイスをしてくれると思うよ」

「あはは……私、あの先輩に注意された側だったからね。ちょっと、今でもトラウマものなんだよね」


 私を助け出してくれた時、ハリーはコマ側だったからなぁ。会うのを躊躇するのも、わからないでもない。


「そよぎ先輩は、基本的に人間に興味がないから、単純に悩みという問題に対して解答をだしてくれると思うよ。あの時のことなんか、とっくに忘れてるって。覚えていたとしても、どうでもいいって思ってるよ」

「……うん、考えておくよ」


 ハリーは深刻な顔で頷いた。




**



 あれから数日後、ハリーは相談室に現れた。


「そうですね。あなたの悩みを解決するのは、このカードですわ」


 そよぎ先輩が、相談者に提示するのは『塔』のカード。


「それには、どんな意味が?」


 相談者である橋元莉々こと『ハリー』が、身を乗り出して問いかける。


「あなたの場合は『崩壊』という意味が当てはまります」


 相変わらず、先輩の詐欺師口調が冴え渡る。


「崩壊ですか……」

「あなた自身がグループを抜けられないのであれば、自然消滅を狙うのが確実でしょう。けれど、それを待てないようであれば、崩壊を意図的に狙うのがいいのではありませんか?」

「なるほど。で、私は何をすれば?」

「本来なら、あなた自身が考えて行動すべき。ですが、今回はモブ子さんの元お友達ということで、特別にサービスさせていただいても構いませんわよ」


 先輩が自ら言い出す『サービス』ほど、胡散臭いものはないだろう。


「サービスですか? それは何をしてくれるのでしょう?」

「崩壊のための『亀裂』の作成ですね」

「亀裂?」

「そうですわ。グループ全体を崩壊させるのに、その亀裂は致命的なものになります」

「致命的?」


 ハリーは先輩の意図が読み取れず、終始首を傾げていた。


「あなたたちは近々、グループでどこかに遊びに行くことはありますか?」

「はい、今度の日曜日に、みんなで映画に行きますけど」

「そう。では、仕掛けるのは、そのタイミングがいいですわね」

「仕掛ける?」

「キーパーソンは、そうですね。篠宮誠二くんです」


 その名前を聞いて、私は先輩の考えがなんとなく理解できた。


 そもそもコマは、篠宮くんと仲良くなりたくて、あのグループを作ったようなものだ。彼を抜ける方向に持っていけば、コマはグループを維持する気力を無くし、勝手に瓦解するだろう。


 まあ、友達の杏を守るためでもある。これくらいの仕返しは、してもいいんじゃないの?


 私は心の底から、ニヤリと笑った。




**



「先輩、それってなんですか?」


 作戦当日、待ち合わせ場所についた私は、そよぎ先輩が持つ使途不明の装置に興味を持った。


 手のひらサイズの黒い箱に、太いアンテナのようなものがいくつも付いている。


「これは優羽先輩から、使用のレポートを頼まれた秘密兵器よ」

「秘密兵器? え? 優羽先輩の持ち物なんですか?」

「いえ、もとは優羽先輩の知り合いの方のものみたいですけど、借り受けたみたいですわ。それで使ってみた感想を聞いてみたいと頼まれまして」


 なるほど。ハリーの件に乗っかったのは、これを試すためなのか。


「何に使うんですか?」

「それは装置を使用してからのお楽しみです」


 先輩は、オモチャでも手にしているような、にこやかな顔であった。


 その後、ハリーから連絡が入り、作戦が開始される。


 私たちが向かうは、コマの家だ。


 『12時半に駅前で篠宮くんたちと待ち合わせ』と言っていたので、それ前には家を出るだろうと張り込みをする。


「先輩に言われた通り『仕込み』はしてきましたけど、うまく行くんですかね?」

「それは、やってみないとわかりませんわ。わたくしも、この機械を使うのは初めてですからね」

「失敗したら、どうするんですか?」

「今回の作戦は、失敗しても何の支障もありませんよ。だって、嫌がらせが失敗に終わったところで、嫌がらせ自体が存在しないことになるんですから。いつもと変わらない日常が過ぎるだけですもの」


 具体的に、どんな嫌がらせをするかは聞いていない。ただ、篠宮くんとコマたちの関係に亀裂を入れるという、ふわっとした作戦であることは知っていた。


「あ、出てきますよ」

「じゃあ、モブ子さん。手筈通りお願いしまう」

「わかりました」


 私は、公園でトレカを餌に買収した子供達が待機している場所に行くと、用意しておいた水風船を渡す。中身は泥水だ。


「これを、あのお姉ちゃんにぶつければいいんだね」


 丸坊主にした小学校低学年くらいの男の子だ。


「わざとぶつけちゃダメよ。あくまでも、あなたたちが遊んでいたら『当たっちゃった』っていう感じでお願い」

「うん、まかせていおいて」


 もう一人は、将来イケメンになりそうなサラサラ髪の男の子である。


「頼んだよ」


 二人は「うぉー!」と叫びながら駆けだしていく。


 そして、コマの近くを通り過ぎた時に、男の子が投げた水風船が過って彼女に当たる。いや、わざと当てたのだけど。


「やべ!」

「逃げろ!」

「もう! なにすんのよ!」


 怒り心頭のコマ。せっかく、気合いを入れたであろう服がびしょ濡れだ。


「……着替えないと。あと、なんか、これ臭いわね。シャワー浴びないといけないかな? ちょっと遅れるって連絡しないと」


 彼女は、そんな風に独り言を言っていると思われる。唇を読んだだけだから、本当にそう言っているかどうかはわからないけど。


 コマはスマホを取りだして連絡をしようとするも、首を傾げる。


「あれ? 電波が? ま、いっか、まだ時間あるし、着替えてシャワーしてからで」


 家に戻るコマ。私は先輩のところに戻ると、にこやかな顔で迎えられた。


「成功よ。この装置は使えるみたいですわ」

「結局、それ、なんなんですか?」

「携帯電話ジャマーよ。携帯の電波だけではなく、WIFIもジャミングできるようですわ」


 ジャミング。つまり妨害電波を出して、通信をできなくするのか。ということは、通話どころかSNSでのメッセージのやりとりもできなくなる。


「それでコマは、スマホで連絡取ろうとしてもとれなかったんだ」

「妨害をあと何回か行うわ。彼女が自ら連絡をしようとしたタイミングで、ジャミングするの」


 待ち合わせをしているのに『連絡がとれない』という状況を作り出すのか。


「なるほど、コマは篠宮くんたちとは連絡をとらずに遅れる、という失態を犯すんですね。でも、家に帰ったのなら、家から誰かに電話すれば」


 私はふと、作戦の穴に気付いてしまう。


「そのことに、古地目由真が気付けばいいですけど、スマホに慣れていればいるほど『いつかは電波状態が改善されるだろう』って思うはず。わざわざ電話番号を調べてまで、直接連絡を取ろうとしないですわ」

「そうですね。スマホは、相手の番号を記憶してなくてもかけられるけど、家の電話だといちいち番号を確認しなきゃいけないから面倒ですもんね」

「そういうわけよ。第二段階に移行するわ」

「はい。というか、その装置って法的には大丈夫なんですか?」


 電波法はけっこう改正されるから、複雑化していて把握できていない。まあ、一般人が把握しているのもおかしいけど。


「そうね、使い方によっては法に触れるんじゃないかしら? たしか特殊免許が必要だったとか」

「先輩はその免許とか持ってるんですか?」

「それは秘密よ」


 あっ…(察し)。




**



「もう! 今日はなんて日なの!」


 コマが、ブチ切れながらそんな風に叫ぶ。


 彼女が駅に向かう道に、前もって工事中で通れないという看板を置いておいた。彼女が別の道に移動したら、先回りして同じ事を行う。


 彼女は延々と遠回りをさせながら、舗装されていない道へと誘導する。


 そこは、あらかじめ水を撒いてぬかるみを作っておいた道だ。その道へと一歩踏み出した瞬間に、靴が嵌まり抜けなくなって転んでしまう。


 再びコマの服は泥だらけ。


 また、家に戻らなくてはいけないだろう。篠宮くんに会うのに、汚い服で行くわけにはいかないのだから。


 彼女はスマホを取りだして、さきほどのメッセージ……たぶん「遅れる」というような言葉を再送信しようとするが、電波ジャマーのおかげで送信はできない。


 とはいえ、彼女がスマホをしまっているときは『電波ジャマーの装置』を切っているので、篠宮くんたちからのメッセージは届くという。そして、彼女がメッセージを再送信する直前にジャミングをかける。


 これは、コマが使っているSNSアプリの特長を利用したものだ。


 電波が悪い時に送信できなかったメッセージは、しばらくは再送信しようとする。しかし、電波状態が改善されない場合は保留となって、メッセージの横に再送信マークが付く。要するに、再送信しなければメッセージは永遠に送られない。


 これがどういう状態になるかというと、篠宮くんたちからのメッセージは届き、既読も付くというのに、コマからはメッセージが送れない。


 つまり、いわゆる既読スルー状態が長らく続くことになる。コマ自身が絶対に許さないだろうことを、彼女自身が行っているのだ。


「今回はこれくらいにしましょうか。あまりしつこく電波妨害を行っても、不審がられますからね。地道に、こういう嫌がらせをやっていけば、篠宮誠二たちとの間に致命的な亀裂ができあがっていくと思いますわ」

「あはは、ヒドいですね」


 そよぎ先輩は、絶対に敵にしてはいけない人物である。


「今回はチュートリアル的な感じで、嫌がらせの方法をお教えいたしましたから、あとは橋元莉々さんに任せるということでいいですね?」

「そうですね。うちらが休日を潰してまで、やるような作戦でもないですもんね」


 考えてみれば、あのグループを抜けたいのはハリーなんだから。


 私は、コマたちがどうなろうと構わない。篠宮くんにすら興味がないのだから。


「それから、優羽先輩から頼まれていたジャミング装置のレポートは、彼女に任せるのもいいかもしれません。その方がわたくしが楽ですし」

「あはは、そうですね。まあ、ハリーも有効的に使うでしょうから」


 ハリーを助けてくれるいい人かと思いきや、実のところ、優羽先輩からの頼まれごとを押し付けただけのオチでした。


 先輩は、やっぱり『人でなし』です。


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