中途半パに人間

IzteN

プロローグ

  まだ眠気が冷めないままそこそこ乗客がいる車両に乗り、マスクの下で小さく欠伸をする。ふと周りをそっと見渡してみる。中年のサラリーマンと死んだ目でスマホを見る高校生で大半を引き締めあっている。ポケットからワイヤレスイヤフォンのケースを取り出し、そこから慎重に本体を取り出す。以前3万円もするイヤフォンの片割れを線路内に落として以来、少し気を付けながら取り出している。電車が動き出し、決まったルートをいつも通り走る。次の駅は人混みが押し寄せてくる。手をつり革へと伸ばし、きっちり握る。数分後、電車が止まった。来る。もう一度つり革を握りなおす。扉が開いた途端、土砂が流れ込んできた。体全体に何十キロ分のおもりが寄せてきたが何とかつり革を死守した、と同時にそんな自分に情けなくなった。これが朝のルーティン。乗り換える駅に着いた。やっとここから離れられる。十数分ぶりに外の空気を吸う。聴いている音楽も相まって外の空気がおいしく感じる。マスクしてるけど。このまま都市部から離れた街にある高校の最寄り駅まで乗り継ぎ、駐輪所まで歩く。

「さすがにいないか…。」小さくつぶやいた。

ほとんどの生徒が私立大学の受験を終え、春休みに入っていた。自分を含む一部の生徒が本命の受験を残しており、その中のまた一部が学校まで出向き勉強をする。まだ受験戦争の真っただ中の時は、友人と学校まで自転車を漕いでいたがそいつは無事に殉死した。まあ、あいつまともに勉強してなかったしな。

一人で決まったルートを自転車で走る。もうすぐこの道を走ることもなくなるのか、ふと心がささやいた。あと十回も走ったら、また大人になる。みんな俺の知らない誰かになっていく。髪を染め、酒を知り、タバコ吸うやつが生まれ、一斉に下のほうの卒業をし始める。しないやつもいるだろうけど。みんな変わらないでいてほしいな…。青春が続かないかな。もう一年留年したろうかな。そう思いながらゴール地点までゆっくり走る。もう戻れないから。

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