第94話 獲物が飛び込んで来た
王都に向かう野営中の話し合いで、大地の牙と王都の穀潰しのメンバーは俺の家に泊まることになった。
その際、ドラゴンを売りに出せば何かと面倒事も起きるので、両パーティーの者は名目上俺の配下になることになった。
俺が渡した身分証に血を落として、珍しそうに紋章を見ている。
コークス達大地の牙の皆も、ウイラー親子を始末する時に来ていた街着の紋章しか見てなかったので〈ホー〉とか〈へぇー〉とか言っている。
「此れで俺達も男爵様の配下か」
「ユーゴ・フェルナンドだな。人前で名前を間違えたりしたら恥だぞ」
「男爵を付けろよ、デコ助」
「様を付けろよ、馬鹿!」
「公式以外ではユーゴでお願い。皆から様付けで呼ばれたら気持ち悪いので宜しく」
「あ~あ、早くユーゴと同じ服が欲しいわぁ~」
「商業ギルドで口座を作ってからね。ハリスン達は大丈夫だよね」
「ああ、以前の金には手を付けてないからな」
「なになに、あんた達以前にも大金を稼いでいたの?」
「コークス達を探して、ハリスン達とシエナラに向かっている時にね。詳しくはハリスン達から聞いてよ」
あの時は壊れた馬車なんか放置する気だったのに、ハリスン達がレオナルを見つけたのが事の始まりだったからなぁ。
目を輝かせたハティーがハリスン達から詳しく聞き出していて、グレンやボルヘンが興味深そうにそれを聞いている。
「つまりあんたは大商人三人と付き合いがあるのね」
「ファルカナのウイザネス商会とはあれっきりだよ。ハリスン達が助けて送っていったきりだから」
「あれから三年近くなるんだ」
「確か五月の事だから後二月で三年だな」
「王都の学院からの里帰りと言っていたからなぁ」
「レオナルはあの時11才って言っていたのでもう14才か。学院ってどんな所だ?」
「確か王立貴族学院ってのが有るとは聞いたけど、他を知らないから何とも。ウイザネス商会の会長なら貴族待遇を受けているかも」
「豪商達は、子爵待遇を受けている者が多いからな」
「そう言えばレオナルは、レオナル・ウイザネスって言ってた様な気がするな」
そんな事はもっと早く言ってよ、ホウル。
* * * * * * *
王都に到着後俺の家へ行き、伯爵の馬車は王都の屋敷に向かわせる。
コッコラ商会の馬車は店に帰らせ、日を改めてお礼に伺うと御者の男に伝言を頼む。
「此処が男爵様のお家なの」
「でかいねぇ~」
「流石はユーゴだ」
「あっ違うよ、此の建物の三階の左一室のみだよ。取り敢えず上がろう」
室内にジャンプして閂を外し、窓を開けて空気の入れ換えだ。
ゾロゾロ入って来たが、ほぼ三間×五間の広さがあるので感心している。
「なんだ? もっと豪華にしているのかと思ったけど」
「野営地と変わらんな」
「確り稼いでいるんだし、男爵様なんだからもっと見栄を張れよ」
「男爵になる条件が王都に住まいを定めることなんだよ。皆が寝るだけなら十分だろう。市場までは10分も歩けば行けるしね。此れでも一月金貨六枚払っているんだよ」
「こんなに良い場所なら当然だよ」
「クーオル通りでも此の大きさなら金貨三枚は必要ですよ」
「路地裏でも金貨一枚は取られそうだよな」
「路地裏にこんな大きな部屋は無いけどな」
* * * * * * *
翌日全員を連れて商業ギルドへ出向く。
多数の冒険者がやって来たので、警備の者が扉の前に立つが俺と目が合うと扉を開けてくれる。
「おっ、ユーゴは顔パスか?」
「確り稼いで、た~っぷり預けているんでしょうね」
「男爵様よう、騎士のご要望は御座いませんか」
「キルザ、ご主人様に守って貰う護衛になるぞ」
以前コッコラ商会に来て貰った係員が揉み手で迎えてくれる。
コークス達は冒険者カードで金を預けて、四人のギルドカードを作って貰う。
団体でやって来た冒険者達が、それぞれ金貨の袋を三つずつ出すので顔がほころんでいる。
最後に俺が十二個の革袋を預けて相談だ。
商談用の部屋に案内されて落ち着くと、グレン達を含めた11人分の魔法付与が可能な服を作りたいと告げる。
「あのっ・・・11名様全員で御座いますか」
「そう、全員俺と同じ生地で冒険者服を作るのと、別に街着を作りたいんだ。それとオンデウス男爵と御子息は冒険者用の服だけね」
満面の笑みで立ち上がると、羽でも生えた様な足取りで係員を呼びに行った。
「獲物が勝手に飛び込んで来た、って顔をしているぞ」
「そりゃーユーゴの話だと、一人分の服で金貨140枚~150枚が11人だぞ」
「軽く金貨1,650枚か。金を預かるより稼げる方が喜ぶよな」
「ちょっと金銭感覚がおかしくなりそうだぜ」
「今だけよ。服を作ったら、残りは引退の時の為に預けておくわ」
「母ちゃんに従うよ」
「だな、悠々自適な老後の為に」
「おじいちゃん達、大丈夫かい」
「ばっかやろうー。まだ若いわい!」
人数が多くて俺の家では狭いので、仕立屋を商業ギルドに呼んで採寸をして貰った。
生地代と予定の仕立代をそれぞれの口座から引き落として貰い、グレンとは明日王城でと約束して別れた。
コークス達九人の街着は俺と同じ物だが、左胸のポケットを細工して貰う。
フラップと入れ口は有るがポケットの袋は無い。
男爵家の紋章入りワッペンをそこへ折り込める様にして貰う。
必要な時にはポケットの口から引き出し、ワッペンの下をボタン留め出来る仕掛けだ。
男爵の紋章を常に見せて歩く気は無いし、皆も普段は街着として着られる様にしておく。
尤も剣帯を隠して装着できるが、ショートソードや剣を吊る為のスリットが付いているのはご愛敬。
男爵家の紋章入りワッペンを付けられる物なので、費用は俺の口座から引き落として貰う。
俺の口座には今回1,200枚の金貨を預けたのでざっと3,000枚少々に、王家からの年金15ヶ月分450枚が振り込まれている。
街着が仕立代込みで一人平均金貨45枚、九人分金貨405枚と俺の分を加えても年金代で足りた。
考えれば男爵を名乗るだけで一月金貨30枚、300万ダーラを貰っているんだよな。
「ユーゴ、良いのか?」
「建前上とは言え、俺の配下になって貰うのだから当然だよ。それに、老後の資金は少しでも多い方が良いだろう。皆が支払った服代だって、薬草と獲物を売れば直ぐに戻って来るよ」
「そうだったな。色々在って忘れていたが、蜥蜴だけでも相当な値が付くだろうな」
グレンの呟きに皆の顔がほころぶ。
俺はドラゴンを引き渡せば金貨6,000枚が手に入るが、ちょっと此処では言えない。
服が出来上がったら、耐衝撃、防刃、魔法防御、体温調節機能を貼付するのだが、商業ギルドでは口にするなとハリスン達に口止めしている。
口止めした時に、コークス達がニヤリと笑ったのをハリスン達が不思議そうに見ていた。
魔法付与だって、一人分の衣服に金貨60枚も掛かるんだから節約だよ。
商業ギルドでの用事を済ませて、久方ぶりの王都を散策して家に帰ると豪華な馬車が止まっている。
まったく、俺にプライバシーは無いのかよ。
俺の姿を認めた男がやってきて一礼するので、明日行くがオンデウス男爵と一緒に行きたいので、オンデウスも迎えに行ってくれと頼む。
去りゆく馬車を見送る俺に、九人の視線が突き刺さり皆がウズウズしているのが判る。
今夜は寝るのが遅くなりそうだ。
* * * * * * *
まったりしているところへノッカーの音が響くと、九人が一斉に俺を見る。
寝不足なんだから、勘弁してほしいよ。
家の前の馬車には騎馬の騎士達が護衛に付く仰々しさで、御者が踏み台を出し扉を開けてくれたが、苦い顔のグレンの顔が迎えてくれる。
「ご機嫌麗しく・・・無さそうですね」
「こんな物で迎えに来られてはなぁ」
「確かに、暫く市場にも行き辛そうだね」
扉が閉められるとコークス達の声が聞こえて来る。
「朗報を待っているぞ」
「ユーゴ、行ってらっしゃ~い」
「ご主人様~♪」
「高く売りつけて来いよ~」
「揶揄われてるなぁ」
「まあね。昨日王家の使いが来てからは、質問の嵐で寝不足だよ」
馬車は正門から入ると走り続けて、子爵の馬車止まりを過ぎ奥へと進み一番奥で止まる。
こりゃ~公侯爵あたりの馬車止まりかな。
迎えの侍従の服装から直接陛下のところへ案内されそうだ。
「随分待遇が良いな」
「そりゃ~待ち人来たる。と言うか、お待ちかねの物を持って来たからだと思うよ」
案の定近衛騎士が立ち並ぶ部屋に案内され、ヘルシンド宰相の出迎えを受けた。
「手際が良いというか、俺の家の監視者でも配置しているのですか?」
「そう皮肉を言わないでくれたまえ。君の事は他国の公使達も気にしていてね、引き抜かれちゃ堪らないので接近を試みれば阻止する様に命じているのだよ。それで首尾は?」
「まあ~、それなりの物を狩ってきました。それよりも書状で知らせた事は?」
「急ぎ代官を派遣したよ。一応取り調べはするが、陛下が大層お怒りでね、爵位剥奪は免れないだろう。済まないが後で補佐官に詳しい事を話して貰えないか」
「俺の楽しい生活を乱さない程度であれば良いですよ」
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