火葬通貨、あなたも始めてみませんか?

ちびまるフォイ

命を燃やしてこその人生

「今月これだけか……」


テーブルに並べられたわずかなお札を見てため息。


「やっぱり、タバコをやめないとかなぁ……」


さまざまなものを節約してきたが、

ついぞ今までタバコの本数は減らしていなかったが。


タバコの値上がりとともに自分の財布を苦しめているのは明白。

それでも辞める決心はこれまでつけていなかった。


と、そのとき。


「あっつ!」


ぼーっとしていたとき、タバコ先の灰が落ちる。

しかも悪いことに落ちた先は、広げっぱなしの紙幣だった。


「やっべ!」


灰が落ちるとお金には黒い穴ができて、そこから火が広がる。

あわてて水を取りに行こうとするが、ケチりすぎて最近水道止められていた。


「あああ! お金が! お金が!」


そうこうしているうちにテーブルのお金がすべて燃え尽きてしまった。

わずかな灰だったので大火事にならなかったのは不幸中の幸い。


といっても、その不幸があまりにでかすぎるのだが。


「はぁ……俺の人生終わった……。全財産が燃え……ん?」


かつては紙幣。

今では黒い灰になってしまった残骸を見ていると、

その中になにか山じょうに盛り上がっている。。


指で摘み取ると、小さくおりたたまれたお金だった。

広げると1万円札になっている。


「テーブルに置いてたのは千円札だったはず。

 どうしてここに一万円札が……?」


いくら考えても理由はあきらかで、

千円札が燃えた結果に一万円に変わったらしい。


試しに財布で無事だった千円を取り出して、ライターで燃やす。


一度はすべて燃え尽きた千円札だったが、

灰から不死鳥のごとく一万円になって戻ってくる。


「すっげえ! こんな錬金術があったなんて!」


昔、教科書で靴が見えないからお金を燃やす風刺絵を見たことがある。

あれはお金で明かりをつけているのではない。


本当は、お金を燃やすことでさらなる資産を手に入れようとする

強欲さを風刺したものに違いない。


「千円で作った一万円を集めて燃やせば……一体どうなるんだろう?」


きっと灰から今度は札束が生まれるのだろうか。

ふたたびテーブルにお金をおいて火をつける。


メラメラと燃えて真っ黒い灰だけが残った。


「よしよし。さぁて、どうなってるかな」


灰をよけて何度も探す。



見つからない。


「あ、あれ? こんなはずじゃ……」


いくら探しても残っているのは残骸だけだった。


全財産を焼失させてから、最初は1枚ずつやればよかったじゃないか、とひどく後悔した。

後悔してもお金は戻ってこない。


「あああ~~!! やっちまったーー!!

 一度燃やしたお金を再度燃やしても、お金はできないのかよぉ!!」


ふたたび無一文に戻ってしまった。

こんな生活ギリギリの自分じゃ家族に顔向けできない。


そのときだった。

テレビでは緊急ニュースが差し込まれる。


『緊急ニュースです。

 先ほど、〇〇市の大型銀行で大規模な火事がありました。

 今も職員は中に閉じ込められており、懸命な消火活動が続けられています』


「火事……めっちゃ近いじゃん」


窓を開けると黒い煙がのろしのように見える。

眺めていると「銀行」「火事」という2つのキーワードがつながる。


「待てよ……。銀行ってことはお金がある。

 それが今燃えてるってことは……チャンスなんじゃないか!?」


1度お金が燃えれば元よりも大きな金額で復活する。

その規模が銀行だったら、桁外れの金額になるだろう。


「これはいくしかない!!」


自転車をこいで火事の現場に向かった。

今も火は燃えていて消防隊が消火している。


慌ただしい雰囲気とやじうまが集まっているのもあり、

銀行へ潜入することはたやすかった。


「げほげほっ。これはやばい。長居はできないな」


煙でほとんど視界も塞がっている。

手さぐりしながら銀行で燃えたお金を探していく。


けれどいつまでたっても見つからない。


「くそ! なんで銀行なのに金ないんだよ!」


毒づいたときだった。


「……誰か。そこにいるのか?」


煙の向こう側から声がする。

やってきたのは銀行の制服を着た男だった。


「ああ、よかった。私はここの銀行員。

 君は外から入ってきたのか?」


「え、ええ、まあ」


「それはよかった。早く外に案内してくれ」


「……待った。あんた、ここの銀行員って言った?」


「そうだが」


「それじゃ俺に金庫の場所を教えてくれ。

 金庫じゃなくてもお金がたくさんある場所でもいい。

 教えてくれたら外への道を教えてやる」


「そんなこと言っている場合か。

 君もこんな場所に長くいたらお金どころじゃないぞ」


「生活ギリギリで命をつなぎ続ける人生に

 生きている意味なんてないんだよ!」


「君はそうかもしれないが、私は違うんだ。

 それにこの銀行にお金なんて無い!」


「はあ!? ここは銀行だろ!? お金が無いなんて……」


「うちはキャッシュレスなんだよ!」


「はい!?」


「君は知らないのか。銀行が大量の現金を溜め込むのはリスクなんだ。

 だからうちは現金を扱っていない。今はそっちが主流なんだ」


「そ、それじゃ……いくらこの銀行で現金を探しても……」


「せいぜいが焦げたクレジットカードが見つかるだけさ。

 これでわかっただろう。早く外に……」


「う、うそだ! それでもいくらか現金はあるはずだ!」


動揺を隠しきれずに銀行員をゆすったときだった。

力を込めすぎたのか、男を突き飛ばしてしまう。


意識ももうろうとしていた男は、押されるがままに火の海へと背中から落ちていった。


「あ!!」


とっさに手を伸ばしたがもう遅い。

男は火でもう見えなくなっていた。


そして、自分自身も煙の吸い込みすぎたのか意識が遠のく。


「ああ……もう……ダメだ……」


意識の糸を手放しそうになったとき。

消防隊の水がぶちかけられた。


「わっぷ!?」


「無事ですか!? もう大丈夫ですよ!」


消防隊はついに銀行の火を消し止めた。

自分はどうやら逃げ遅れた人だと思われているらしい。


「た、助かった……」


安心し、ふたたびさっきまで火が立ち上っていた場所を見た。

すでに銀行員の体は失われていて、黒い灰になっていた。


そして、その灰には部分的に山のように盛り上がっている部分が見える。


「まさか……」


おそるおそる人間の灰へと手を伸ばした。

手のひらには札束の感触がわかった。


1度燃やされる元よりも大きい価値になる。


それはお金だけの話ではなかった。

命も同じということに気づいてしまった。





それからしばらく。


俺は家族の葬儀に参加していた。


「父さん……どうして……」


弟は悲しそうに遺影に向かって語りかける。


先月は母親。

その前はいとこだった。


「気の毒ね……」

「まるで呪いのようだわ……」


参列者もあわれむ声と不気味がる声が半分ずつだった。


棺に父親の遺体が入れられると、

霊柩車で墓地へと運ばれる。


霊柩車には俺と弟が同乗した。


「昨日まであんなに元気だったのに……急に死んじゃうなんて」


弟は悲しそうに言葉をつむいでいた。

そんな弟を俺はなぐさめるように声をかける。


「人間、いつ死ぬかわからないもんだな」


「兄さん……」


「お前は成績優秀で、性格もいい人間だから

 きっと神様も高くかってくれている。

 だから、そう簡単には死なないよ」


「ありがとう……」


「それで、この霊柩車はどこへ?」


「父さんの遺言で、墓地がすでに準備されていたんだよ」


「へえ。準備がいいこった」


「日本じゃ土葬はめずらしいからね。

 どうしても土葬にしてもらうために、

 わざわざお墓まで契約したらしいよ」


「え!? 土葬するの!?」


「どうしたんだよ兄さん。だってそれが遺言だし」


あわてた俺は声を大にして反論した。




「それじゃ死んだ意味がないじゃないか!」

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