第2話 灰被りの少女
カラカラカラ
屋敷の裏手、誰も使わなくなった古井戸の滑車を使って水を汲む少女が一人。
彼女の名は【グレイ】
古くなった服を着ているがこれでもオフィーリア領の領主の娘である。
しかし、領主の娘にしては髪はボサボサで整っていないし腕は枯れ木のよう。
くすんだ灰色の髪をたなびかせ一生懸命に桶に繋がったヒモを引っ張るが細腕では少ない量しか持ち上げられない。
少しずつ少しずつ持ち上げて井戸から汲み上げた水を運ぼうとした矢先ーーー
「ウォーターボール」
桶に入っているよりも多い水の塊が少女を襲った。意識外からの攻撃に桶を持った手を離してしまう。
申し訳なさなど微塵もない様子で近づいてくるのは青色の髪の少年。この領地の次期領主【ライル】つまり、グレイの弟だ。
短く切り揃えられた青色の髪と健康そうな肌、新品のような服。
全てがグレイとは対照的だ。
「魔法の使えない姉上は大変だなァ?水汲みなんて平民しかしない事をしなければならないなんてな」
この井戸が何故、屋敷の誰からも忘れ去られたのか。
貴族には魔法で作った水以外を飲むなんてあり得ないと言う考えがある為だ。
貴族という肩書には【魔法が使える】というアイデンティティが付いて回る。それは平民と自身を分ける区分でありそれを犯す者は忌み嫌わられるのだ。
そういうわけでグレイは弟から嘲笑の対象でしかなかった。
「何か言いたいことがあるなら言ってみたらどうだ?ん?あぁ!喋れないんだったなぁ!ハハハ!!」
盛大に煽るライルだがそんな様子を見ていたグレイは引き込まれるような薄蒼の瞳でじっとライルを見つめた後に立ち上がり桶を掴んで再び井戸に投げ入れた。
「チッ」
その様子に苛ついたライルは再び魔法を放とうとするが
「ライル!」
それを止める声が響いた。振り返ったライルの視線には煌びやかな服を着た赤い長髪の婦人がいた。
「母様……」
「ライル、そこの
「はい、母様」
ライルの母【ローズ】は別にグレイを助けに来たわけではない。そもそも、グレイとローズに血の繋がりはない。
グレイの母親が第一夫人、ローズは第二夫人なのだ。ライルは異母弟に当たる。
声をかけることもなくローズはライルが向かった先に歩いていく。同じようにグレイも井戸から汲み取った水を運ぶ。
重い桶を地面スレスレくらいまで下ろしながらのろのろと屋敷の裏に歩いていく。屋敷にはグレイの居場所はない。向かうのは屋敷の裏にポツンとある古い小屋。
入り口の前で桶置いてドアを開けて中に入る。身体で閉めた後、水を少し掬って飲み干し邪魔にならない位置に置く。
濡れた服を脱ぐ。まともな食事をしていないグレイの身体は肉付きが良くない為、背は同じ歳の子供よりも低く、肋骨が見える。
他の服を着たグレイは濡れた服を干す。その後、日が沈むまで小屋にある娯楽の一つ、本を読み漁った。大抵は子供の時に読み聞かせられる英雄譚や御伽噺の本だ。地理書などの外に関する本は無い。
何度も読み漁った事でボロボロになった本を大切に読むグレイの手もまたボロボロ。この小屋には色褪せた世界が広がるだけ。
外の世界に目を向けることもなくこの狭い世界で飼い殺しされて欲しいという願望がこの屋敷には満ちていた。
しかし、その中でも異色を放っている本をグレイは手に取る。表紙も中も新品のそれは珍しく父親にグレイが頼んだ本だった。
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【仲良くなれる10の方法】
ひとつ! 相手の目を見て話そう。
相手の目を見て話を聞くことであなたの話を聞くという事を伝えるのです!そうすれば相手も会話をしやすくなります!
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ライルの目をじっと見たのはこの本で得た知識を試したからだった。
ライルと仲良くなりたかったわけでは無いのだが他の本のような非現実的な物と違いこの本に書かれていることは自身で体験できる内容だった為にやってみたかったのだ。
結局のところあまり意味はなかったものの本によって得た知識が全てのグレイにとっては良き経験であった。完全に試す相手を間違えている点を除けば。
次は何を試そうと考えたその時「くしゅっ」とグレイの口から音が出た。日が沈んできて気温が下がったせいで体を冷やしてしまったらしい。
震える身体を両手で抱きしめながらグレイは丸くなる。
隙間風が入り放題なこの小屋ではこうするしか方法がなかった。ただし、対抗する方法がないわけでは無い。
身体に魔力を毛布のように纏う事で少しだけ、ほんの少しだけマシになるのだ。グレイは本の知識ではなく自分の経験で身につけた唯一のことだ。
魔法は詠唱することで発動する。その為にグレイは魔法が使えない。が、魔力がないわけでは無いのだ。
ほんの少し暖かくなった事で眠気を感じてきたグレイは少しずつウトウトし始め本棚の前で眠った。
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