探偵レモンと出会いの桜 -2-

「それで、どうして僕にもう当てがないって分かったの?」


 僕が話を戻すとレモンは右手でピースの形を作った。


「理由は2つあります。1つは先輩が今、この時間にここにいることです」

「今、ここに?」

「はい。まず『桜の下で待ってる』という手紙を見て、真っ先にこの桜の木にやってきたとは考えづらいでしょう。なぜならこの笠雲高校には桜の木が大量に植えられていて、その中でも一番最初に思いつくのは、校門から校舎までの坂道に沿って植えられている通称“桜坂”でしょう」

 

 レモンの言うとおり、僕が通う笠雲高校にはあちらこちらに桜の木が植えられている。それは、卒業生が記念に桜の木を植樹していく伝統があるからだ。


 僕が現在高校2年生で、笠雲高校の第35期生ということは少なくともこの学校に桜の木は33本存在することになる。私立ということもあって学校の敷地面積が広いため、それだけ多くの木を植えることが出来たのだろう。


「まず先輩は桜坂の桜を確かめに行ったことでしょう。しかし、そこにはいなかった」

「そのとおり。桜っていわれても、どこを指すのかなんて分からなかったし、手当たり次第に探すしかないかなと思って」


 1本1本木の下に誰かいないかと見て回ったけれど、誰かを待っているらしき女の子はおらず、代わりにいるのは桜並木に目もくれず、帰宅しようと先を急ぐ生徒ばかりだった。1度坂の下まで下りきって、また上ってきたからかなりキツかったんだよね。


「次に校舎の周りの桜の木を探したが、そこにもいない。そこでようやくこの桜の木を思い出してここまでやってきた、という流れでしょう。今日は全学年午前授業だけで、現在時刻は大体午後2時くらいなので、放課後に入ってから大体2時間くらい経ってますね。校内をくまなく探していたとしたら納得出来る時間の経過です」

「もう1つの理由は?」

「それです!」


 レモンは僕の脇を指さした。


「あ、なるほど」


 僕のワイシャツの脇の部分には汗によって出来た染みができていた。2時間歩き回っている途中で暑くなって上着を脱いでいたから、色の変化が分かりやすいワイシャツが露出していたのだ。


「そこまで汗をかいているのは先輩がさっきまでずっと動いていた証拠ですよね?」


 見事な推理力だ。思わず感心してしまう。推理力が高いというか、思考の展開が早いのだろうか。僕と違って彼女ならなれるかもしれないな、探偵。


「お見事。全くその通りだよ」


 ちょっと犯人になった気分でかっこつけてみる。


「まあ、それがなくとも、酷い落ち込みようだったので、なんとなくそうなんだろうなとは思っていましたけど」


 あ、そうでしたか。


「どうです!?この推理力を見込んでお手伝いをさせてもらえませんか!」


 彼女が目をきらきら輝かせながら顔を近づけてきたので思わずのけぞる。


「わかった!わかったから!落ち着いて!」

「ということは!」

「困ってたのは確かだから、お願いするよ」

「やったー!」


 これではどちらが依頼する側なのか分かったものじゃないな、と苦笑してしまう。


「では詳しいことを聞かせてください!」


 満足そうに笑みを浮かべた彼女は再び桜にもたれかかるように座り込むと、となりをポンポン叩いて僕に座るよう誘導した。彼女の隣に座るのはなんだか気恥ずかしく、少し間を開けて座ったのだが、彼女が自然と距離を詰めてきて、心臓が跳ねた。


「そもそも先輩はこんな手紙を送るような人に心当たりはないんですか?」

「あったらこんなに苦労して探してないよ」

「それはそうですね」


 再び手紙を取り出して見てみる。やっぱり『桜の下で待ってる』以外には何も書かれていないようだ。


「私にも見せてください!」


 レモンが顔をこちらにのりだして手紙を覗き込んでくる。その時、再び柑橘系の匂いがふわっと香って、先ほどの香りは勘違いではなかったのだとわかる。それと同時に1つのアイデアが思いついた。


「もしかして、炙り出しとかなのかな。柑橘系の香りがするし」


 もしかして、先ほどの香りはレモンから香ってきたのではなく、この手紙からだったのではないか。ミステリー作品では良くありがちな炙り出しだが、原理は簡単だ。柑橘系の果物の果汁で文字を書くと、平常時は何も書かれていないように見えるが、火で炙るとその部分だけが焦げて浮き出るのだ。


 ミステリー好きとしては柑橘系の匂いといえば、=炙り出しみたいなところもあるので、もしかしてと疑ってみる。


「先輩、それはうちの柔軟剤の匂いかと」


 全然違った。やっぱ僕に探偵は無理らしい。


「やっぱり他には何も書かれてはいないようですね」

「そうだよね。本当に一体何なんだ、この手紙は…………」


 レモンは少しの間考え込むと、改めて僕に質問した。


「先輩はこの手紙の内容にも、差出人にも、本当に心当たりがないんですか?」

「うん。まるでない」

「だったらどうしてこの手紙は先輩の元に届いたのでしょう…………むむむ」


 あ、そういえばまだ言ってなかったっけ。レモンがそう呟いたことで、僕は彼女を勘違いさせてしまっていたことにようやく気づいた。


「ごめん、これ僕に届いた手紙じゃないんだよね。これをもらったのはあいつ」


 僕はグラウンドを指さす。レモンの視線は自然とそちらに動いた。


 この手紙をもらったのは、我が笠雲高校野球部不動の4番センターにして、僕の唯一の友人である相原浩あいはらひろしなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る