探偵レモンと桜の手紙

るで

探偵レモンと出会いの桜 -1-

 私立笠雲かさぐも高校の第2グラウンド、その外れには1本の大きな桜の木が植わっている。しかしその存在を知るものは少ない。


 何故かといえば、第2グラウンドは野球部専用グラウンドとして新設された場所だからだ。野球部に所属している生徒以外は、ほとんど使うことがないし、校舎から少し離れた場所にあるから、普段は近づきもしない。


 唯一全校生徒がこのグラウンドを用いるのは秋頃に行われる体育祭の時で、当然桜の花は咲いていないから、その木が桜だとは分からないだろう。


 僕は今、その桜の木を目指して歩いていた。


「ここで、最後か」


 思わず呟きが漏れる。ここが違ったら、僕は放課後の数時間を無駄にしたことになる。それは勘弁だ。さっきから学校の敷地内を2時間ほど歩き回って疲れたし、大量の汗でべたべたしているし、控えめにいって最悪の気分なのだ。もはや何の成果を得られずに終わりというのは許しがたい。


 第2グラウンドでは今日も野球部が練習に励んでいる。現在はシートノック中らしく、ボールが金属バットに当たる甲高い音と、ボールがグラブに収められる時のパシッという乾いた音が辺りにこだましている。


 僕は彼らの練習風景を横目に見つつ、野球の守備位置でいうセンターのその向こうにある桜の木へと歩みを進める。現在は4月上旬、桜は美しく花を開かせている。


「あっ!」


 桜の木の下に人のシルエットを見つけて、思わず小さく声が漏れる。もう少し詳しくわかるくらいに近づいてみると、黒髪を腰の長さまで伸ばした女子生徒が木の幹にもたれかかるようにして座っている。彼女はどうやら読書中のようだった。


 僕はつい彼女が目的の人物でなければいいのに、と考えている自分に苦笑した。なぜなら、彼女はとても可愛かったから。要するにただの僻みだ。


 どんどん近づいてくる僕の足音に気づいたからだろうか。彼女は本のページをめくる手を止めた。はらりと舞い落ちた桜の花びらが栞のように本の間に落ちたのを見て、彼女は読んでいた本を閉じ、僕と目を合わせた。


「読書中にごめんなさい。君がこの手紙の差出人ですか?」


 早く用事をすませてしまおうと思い声をかける。僕は制服の内ポケットにしまっていた一通の手紙を取り出した。便箋には宛先も差出人も何も書かれていないので、このままでは分からないか、と思って中の手紙を取り出す。


『桜の下で待ってる』


 手紙にはただそれだけが書かれている。まるでそれだけで十分だというように三つ折りされた紙の真ん中にぽつりと一言だけ。便箋と同じように宛先も差出人も何も書かれてはいなかった。


 僕がこの桜の木に来たのは、この手紙の差出人を探していたのだった。


 彼女は手紙の内容をみると、少し首を傾げ、そのまま何かを考えている様子だったが、その後再び僕の顔をしっかり見て「違います」と言った。


「そうでしたか…………時間取らせてしまってごめんなさい」


 彼女の反応を見るに、途中からおそらく彼女ではないのだろうとは思っていたが、やはり違ったようだ。


 僕はがっくりと肩をおとした。どうやら全ての当てが外れてしまったようだ。ということは骨折り損のくたびれもうけというやつで、僕としてはただ疲れただけの結果になってしまった。


 とぼとぼと寂しい足取りで去ろうとしたところ、背中から声がかかった。


「もしかして、人探しですか?」


 思ってもなかった質問に振り返ると、彼女は興味津々といった様子で目を光らせながら、立ち上がった。


「ええ、そんなところですけど…………」

「良かったらその人探し、お手伝いしましょうか?」

「え?でも」

「もう当てがなくて困っているんじゃありませんか?」


 突拍子もない彼女の提案にうんともすんとも言えず口ごもっていると、彼女は僕の現状をびたりと当ててきた。思わず「どうしてそれを…………?」と聞き返すと彼女は「やっぱりそうでしたか!」としたり顔で頷いた。


「簡単な推理ですよ!」

「推理?」

「実は私、探偵に憧れてまして…………」

「そうなんだ」


 心にもない「そうなんだ」が思わず口から漏れた。実は探偵にはあまり良い思い出がないのだ。あ、いや、犯人側って訳じゃなくて、実は僕も一時期探偵に憧れている時期があったという話なんだけどね。今はあんまり関係ないから置いておこう。


「はい!先ほど先輩に見せてもらった手紙の内容は『桜の下で待ってる』だけで、差出人も宛先も書いていませんでした。つまり先輩は差出人を探していた、と推測できます。であれば桜の木の下で読書をしていた私に話しかけたのも納得出来ます」

「先輩…………?」


 彼女が自信満々に説明した推理をかみ砕いて理解するより先に、彼女が僕のことを先輩と呼んだことが気になって聞き返してしまう。


「学生証の色からそう判断したんですが、違いましたか?」

「ああ、そっか」


 彼女が指さした学生証は青色で、数日前入学してきた新1年生であることを示している。僕が付けている学生証は赤色、それを見れば僕の方が学年が上であることは一目瞭然だった。


「早速推理を披露したいところではあるのですが、そんな気持ちをぐっとこらえて先に自己紹介をしておきましょう!私は1年E組の梶本レモンと言います!」

「僕は東野健介、2年C組です。梶本さん、よろしくお願いします」

「レモンでいいですよ!それに私の方が後輩なんですから、敬語は不要です!」

「そ、そう?じゃあ、よろしくね。レモン」

「はい!」


 レモン、その名の通り彼女からは柑橘系の甘酸っぱい香りが漂っているような気がしたのは僕の勘違いだったろうか。いや、多分そうに違いないな。

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