第4話 水晶宮2

「これが全部、ダイヤモンド?」

「少なくとも、柱はそうでしょう。氷河と直に触れる高さですから」

 僕は近くにあった柱に触れた。冷たいような、温かいような、不思議な感触だった。

 本当にダイヤモンドなのかどうか、初めてだからわからない。

 擦られたような傷がほとんどないのだけは確かだった。


 地面に届いていない柱も少なくなかった。あるものは天井近くから折れ、あるものは手の届きそうな高さで崩れていた。

 もともとその長さだったということはなさそうだ。地面の方に破片が積もっているところもあるし、断面からしてブロック型の建材を積み上げて造った建物のようだ。


「案外崩れているね」

「ブロックが削られることはなくても、ブロック同士の接合部をブロック以上に強固にすることはできなかった。地面が削られたことで一部の柱が上からの圧力を受けなくなって浮いてしまったのですね」

「破片が残っている柱とそうでない柱があるのは?」

「氷河が折ったものはそのまま海まで運ばれてしまったからでは?」

「じゃあ、氷河がなくなったあともこの建物は少しずつ崩れているわけだ」

「このブロックをどうやって造ったのかは見当もつきませんが、建て方はオーソドックスというか、むしろあまりに古典的ですね。アナクロニスムです」

「君でもわからない?」

「自然界にこんな大きな結晶は存在しえない。人工的にダイヤモンドを結晶させたのでしょう。ただ、人造だとしても、この数、この量を同じ規格で生成するのは不可知の技術です。一体どれほどのエネルギーを注ぎ込んだのか……」


「上の部分に上らないといけないのですが」

「どの柱の中にもハシゴはついているようだけど」

「エレベーターを探しましょう。1000メートルはありますよ。垂直に上がるのは無理です」


 建物の中心あたりにひと回り太い柱があった。その柱も頭上10mくらいのところで途切れていたけれど、近づくと円筒形のケージが下りてきた。

 ワイヤーで吊られているわけでもないし、チューブに収められているわけでもない。何の力で動作しているのか不明だ。


 ケージがゆっくりと上昇していく。景色が俯瞰に変わっていく。

 周りの柱は時折きらきらと輝きながら、全体としてはパステルオレンジの太陽の光に柔らかく染まっていた。

「レンガ積みだから屈折面が増えて余計に光るのでしょうね。宝石のカットと同じです。もし単結晶だったらこうはなりませんよ」


 上から注ぐ光は筋になり、まるで木漏れ日だった。上屋も透明だから光が突き抜けてくるらしい。

 なんだか針葉樹の幹の中にいるみたいだった。天井が近づくにつれて柱はそれこそ枝を伸ばすように分岐し、枝はまた隣の幹から伸びた枝と交わってアーチを形作っていた。


 ケージが開いた。

 当然床も透明だったけど、思ったより下は見えなかった。曇っていてあまり高度感がない。

 どちらかというと天井の高さの方が印象的だった。どうやらぶち抜きの1階層のようだ。床下から伸びてきた柱の一部がなお放射状に広がりながら天井まで届いていた。

 天井の薄いところの向こうには空が見えた。雲が流れていた。

 つまり、天井には薄いところと厚いところがあった。

 天井全体にダイヤモンドのブロックで凹凸をつけた立体彫刻が広がっていた。四角と円、関数曲線を組み合わせたとても複雑な幾何学模様だ。

 何を意味しているのかはわからないけど、キラキラした大きなものが吊り下がっているのはシャンデリアみたいだった。


「ようこそ」誰かが言った。「どなたのお参りですか?」

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