水晶宮
第3話 水晶宮1
それは最初、雪をかぶった山脈の一部のように見えた。
谷の縁をなす台地のそのまた向こう、霞んだ空気の先に白い稜線があって、鈍い反射光がキラキラと瞬いていた。
一番高い尖ったピークがひとつ、その左に小さいピークが4つ。右はやや離れて丸っこいピークがひとつ。
その並びがいつの間にか変わっていた。左のピークが3つになり、最高峰と右の丸いピークの間に小さいピークが突き出していた。
「あの雪山、動いているみたいだ」
「動いているのは私たちですよ。近くにあるものほど背景に対する位置の変化が大きく見えるものです」
「その言葉を信じるにはあらゆる景色が背景に寄りすぎている気がする……」
とにかく形そのものだけでは背景の山と区別できなかった。それくらい自然な曲線のシルエットだった。
谷が右にカーブして台地の崖が切れ、建物の全容が見えてきた。まるで巨大な四角形の上に二等辺三角形を乗せたような単純なアウトラインだった。上部の三角形の部分が山のように見えていたんだ。
「資料にある立面形と違いますね」マキナはホロディスプレイに呼び出した画像と実物を見比べていた。「四角の部分は描かれていない。まるで、持ち上げられたような……」
谷の真ん中に水たまりのような池があって、まっすぐ建物に近づくことはできなかった。渡ればもうすぐなんだけど……。
「浅そうだけど、突っ切れないのかな……」
「こちらが浅くても、向こう岸は深くなっていると思います」
「なぜ?」
「モレーンレイクといって、氷河が運んだ堆積物が堰き止めた水たまりです。底は谷の傾斜に沿っているはずです。休憩しましょう。岸を回っていくのも外観を見るには悪くないはずです」
僕らは荷物を下ろした。
大きな建物だ。
長いところで1kmは下らないかもしれない。一番近い角ははっきり見えるけど、あとは少し霞んでいた。
「地図では平地に建っているのに……。ちょうど谷の真ん中にあるとは思いませんでした」
「資料が間違っているんじゃない?」
「いいえ。この建物が建てられた時の記録ですので、そのあと地形の変化があったとしても何も不思議はありません」
「この谷の方があとからできたかもしれないということ?」
「建物の上の部分と、台地の高さを比べてみてください」
「三角形の底と台地の面が同じくらいの高さか、台地の方が少し低いかな」
「資料に載っているのは上の四角錐の部分だけです。おそらく、もともとは台地の上に建てられたのでしょう。それがいつしか氷河の通り道になり、台地は削られ、建物は残った」
僕らは池のほとりを歩いた。近づくにつれて建物下部に外壁がなく、無数の剥き出しの柱によって支えられた構造なのが見えてきた。風通しはよさそうだ。
「柱というより、杭ですね。もとは地中に埋め込まれていたものでしょう」
「でも、不思議だ」
「何がです?」
「氷河は硬い地面を削っていった。だからこの谷がある。どうしてこの建物は削られなかったんだろう?」
「考えるとすれば、硬いのでは? 氷や、氷が運んてくるあらゆる岩石よりずっと硬ければ、削られて消失することはない」
柱の近くまで来ると建物の向こうに太陽が透けて見えるのがわかった。
「遠くからだと白く見えたけど、よく見ると透明だね」
「透明なものでも、目に見えるからには光を反射しています。光が出ていかない方向からは白く見えるのです」
「透明で、すごく硬い素材?」
「ダイヤモンドではないでしょうか。これほど長い間氷河の侵食を耐え抜いたということは、そのくらいしか考えようがないですから」
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