第33話


その後、顔を真っ赤にしたニナと無表情のトーマスが馬車の窓から顔を出す。


「絶対に絶対に許しませんから……!」

「ナルティスナ領の山奥に捨て置きましょう」


シャルルとサシャバル伯爵夫人はクラレンスがいなくなってから、ニナやトーマスにひどい態度をとったようだ。

クラレンスに怒りを露わにしながら訴えかけている。


ニナとトーマスに申し訳なく思いながら、カトリーナは裾を握りしめた。

俯いて落ち込むカトリーナをニナは優しく抱きしめてくれた。

はじめての買い物は苦い思い出になってしまった。

皆の温かさに触れてカトリーナはなんとか平静を装っているものの、うまく表情を作ることができない。


買い物を切り上げて、馬車は城へと向かった。

カトリーナは気分が悪くなり、ぐったりとしていた。

顔色はどんどんと悪くなり、震えが止まらなくなってしまう。


挨拶もままならぬままカトリーナはベッドで休んでいた。

この程度のことで大きく気持ちが揺らいでしまい、予定を変えさせてしまったことに焦りを感じていた。

二人を前にして何も言い返すことのできない自分にもがっかりしている。

悔しさや絶望、悲しみが織り混ざって気持ちに整理がつかない。



「……申し訳、ありません。クラレンス殿下」


「今は何も考えなくていい」


「申し訳ありません……っ」



そう言って謝罪するものの、クラレンスは大きく首を横に振っている。

クラレンスはカトリーナの手をずっと握ってくれていた。

ひんやりと気持ちのいい体温が緊張を解いてくれる。

そのままゆっくりと瞼を閉じた。



「戻りたく……ない」


「……!」


「嫌……」



暫くするとカトリーナは魘されるように呟いている。

クラレンスが頬に手を添えると落ち着いたのかスッと眠りについた。


カトリーナが眠っている部屋から出たクラレンスはニナとトーマスがいる部屋へと向かう。

二人は固い表情でテーブルを見つめていた。

そこには先程、カトリーナが購入したプレゼントが置かれていた。

包み紙が破れていたり、箱が壊れていたりとひどいものだった。

そこには明らかに靴で踏まれたような跡もある。



「あれがカトリーナを虐げていた者達なのだな」


「はい。こんなことをするなんて信じられません!」


「二人が逃げるように去ったあとに、店員に話を聞いたところカトリーナ様の買ったものをわざと壊した後に〝捨てられたら伯爵邸で働けばいい〟〝役立たず、また使ってあげるから〟と、かなりひどい暴言を吐かれたそうで……」



クラレンスは怒りを懸命に押さえていた。

漏れ出す冷気を察知してか、ニナとトーマスは慣れた様子で上着を取り出す。

ぐしゃぐしゃになったメッセージカードには待っている間に書いたのか、一人一人の名前と感謝が書き綴られていた。

カトリーナの気持ちを考えると胸が痛い。



「まさか、あそこでサシャバル伯爵夫人達に鉢合わせてしまうなんて。一人にしなければこんなことには……」


「それと店員達がカトリーナ様に庇ってもらったのだと、泣きながら話してくれました。皆、カトリーナ様に感謝しているそうです」


「……そうか」



クラレンスは『クラレンス殿下へ』と書かれたメッセージカードが添えられた箱を手に取った。

箱はひしゃげていたが、中身は無事のようだ。

中に入っていた袋を取り出すとそこには手袋が入っていた。

ニナにはショール、トーマスには靴下など、カトリーナが一人一人のことを考えて購入したことがわかる。


深いブルーの皮でできた上品な手袋を手に取り、じっと見つめていた。

ニナもトーマスもカトリーナからのプレゼントを手に取った。



「この件は絶対に許すことはできない。二度とアイツらをカトリーナに近づけさせるな」



二人はクラレンスの言葉に力強く頷いた。



「……トーマス、サシャバル伯爵家の状況を調べてくれ」


「かしこまりました」


「俺は父上と母上と話をした後、カトリーナの側にいる。ニナ、それまではカトリーナの側に。目が覚めたら呼んでくれ」


「はい」



ニナはなるべく箱やラッピングを綺麗に戻して袋に詰めなおしていた。

クラレンスは立ち上がり、国王達の元に向かったのだった。



* * *



カトリーナはゆっくりと目を覚ました。

瞬きを繰り返すと、涙が頬を流れていく。

クラレンスの手が伸びてカトリーナの涙を冷たい指が優しく拭った。



「クラレンス、殿下……?」


「大丈夫か?」


「……はい。ご迷惑を掛けて、申し訳ありませんでした」


「カトリーナは何も悪くない」



カトリーナはゆっくりと体を起こそうとするが痛む頭を押さえる。

クラレンスに体を支えられるように起き上がった。



「あの……」



カトリーナが何を言おうとしたのかがわかったのか、クラレンスの人差し指をカトリーナの口元に当てた。



「明後日にはナルティスナ領に帰ろうと思う」


「……!?」


「父上と母上にもそう話してある」



クラレンスの言葉にカトリーナは首を大きく横に振った。



「ですが、皆様が家族に会うのを楽しみにしていたではありませんか!」


「トーマスもニナも今、家族に会っている」


「私のせいでしょうか……!?私ならもう大丈夫ですっ!皆様の時間を奪うなんて許されません」


「カトリーナ……」


「もう体調はよくなりました。一週間、滞在しましょう!」



カトリーナはニナやトーマスの顔を思い浮かべた。

このままカトリーナが寝ていたら皆に迷惑を掛けてしまう。

カトリーナはベッドから足を出して立ちあがろうとするが、クラレンスに止められてしまう。



「俺がそうしたいと思ったんだ」


「ですが……っ」


「それと待ちきれずに、これを受け取った。ありがとう。とても嬉しい」



潰れた箱に入っていたプレゼントを渡すつもりはなかったのだが、クラレンスの手元にはカトリーナが店で購入した手袋がある。



「それは……っ!」


「トーマスもニナも、とても喜んでいた」


「……!」



カトリーナは複雑な気持ちではあったが、心の底では喜んでいる自分がいた。


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