第32話



圧倒的な力にサシャバル伯爵夫人はその場に崩れ落ちるようにして座り込んでしまう。

シャルルもパニックになって叫んでいた。

悲鳴が響き渡る店内……これ以上、店に迷惑をかけてはいけないとカトリーナはクラレンスに声をかける。



「クラレンス殿下、私は大丈夫ですから……これ以上はお店が壊れてしまいます」


「……!」


「どうか……落ち着いてください」



カトリーナの声が耳に届いたのか、クラレンスの深い青色の瞳と目が合った。

落ち着きを取り戻したのか小さな声で「……すまない」と言って、カトリーナの無事を確かめるように抱きしめた。


パチンと指を弾くと氷がキラキラと溶けていく。

端の方で固まっていた店員達も魔法の力とカトリーナが発した「クラレンス殿下」という言葉に、クラレンスが第一王子だと気づいたのだろう。

クラレンスとカトリーナに向かって深々と頭を下げている。



「迷惑を掛けてすまなかった。店の補修代はこちらに請求してくれ」


「あ、ありがとうございます……!」



クラレンスはそう言ってナルティスナ邸の住所を書いて店主に渡す。

クラレンスに頭を下げている店員に声を掛けながらカトリーナを抱えあげる。



「カトリーナ、怪我はないか!?すぐに手当てしなければ……!」


「あっ……クラレンス殿下、待ってください」


「どうした?どこか痛むのか?」



カトリーナの視線の先には、皆に買ったプレゼントの残骸があった。

プレゼントを包んでもらった箱はサシャバル伯爵夫人によって潰されてしまい、散らばってひどい有様だった。


カトリーナはクラレンスにその場に下ろしてもらうと、潰れた箱を集めていく。

すぐに店員がカトリーナのもとにやってきて「代わりのものをすぐに用意いたします…!」と言って袋を持ってきたが、カトリーナは小さく首を横に振った。

今はここに留まり、プレゼントを包み直すのを待つ気分にはなれない。


(……今すぐ、ここから離れたい)


カトリーナが袋を持っている手をクラレンスが掴む。

「トーマスとニナを向かわす。今は馬車に戻ろう」という声にカトリーナは頷いた。

そして心配そうに眉を顰めるクラレンスと共に店を去ろうとした時だった。



「ど、どういうこと……?説明しなさいよ……!」



真っ赤になった腕を押さえながらシャルルが声を上げた。



「信じられないっ……あなたが!?違うわ!誰か嘘だといいなさいよっ」


「シャルル、やめなさい!」


「だってお母様……!こんなのおかしいでしょうッ!?」



サシャバル伯爵夫人が慌てた様子で声を上げた。



「お黙りっ!」


「だってコイツが、呪われた王子と……!?なんで触れているの?こんなにかっこいいなんて聞いていないわ」


「──シャルル!」


「ありえない……!ありえないわっ!カトリーナがこんな風にっ!」



どうやらシャルルはカトリーナがクラレンスと共に一緒にいることが信じられないようだ。

先程までナルティスナ領から追い出されて、捨てられたと決めつけていたシャルルとサシャバル伯爵夫人にとっては衝撃的な光景だろう。


クラレンスは慌てていたのか、いつも黒いローブを被っておらずに、今は端正な顔立ちが露わになっている。

サシャバル伯爵邸から出たことがないカトリーナでさえもクラレンスの美しさは理解できた。

珍しい色合の髪と瞳に白い雪のような肌は神々しいとさえ思う。

シャルルは気に入らないと叫びながら錯乱していたが、サシャバル伯爵夫人が頬を叩いたことで我に返ったようだ。



「いい加減になさいっ!」


「ぁ……」



隣から冷たい空気を感じていたが、それでもクラレンスの側を離れたくないと思った。

クラレンスは再び激しい怒りを露わにしている。

店にいる店員達も魔法の力に圧倒されている。



「……貴様、死にたいのか?」



クラレンスの声にサシャバル伯爵夫人が前に出て頭を下げている。

「申し訳ございません」と、何度も謝罪する言葉が聞こえて、シャルルも夫人によって強制的に頭を下げさせられている。



「カトリーナは俺の大切な女性だ。今の発言と先程の行為を許すつもりはない」


「…………っ」


「これ以上、カトリーナに近づくな。罰は追って言い渡す」



氷のように冷たい声が上から聞こえたが、クラレンスがカトリーナのことを『大切な女性』だと言ってくれたことに大きく目を見開いていた。


クラレンスとカトリーナが帰ってこないことを心配したのか、トーマスとニナが店の中へ。

この状況を見て、すぐに察したのだろう。

すぐにシャルルとサシャバル伯爵夫人を睨みつけていた。



「許さない……」


「……っ!」



その言葉にカトリーナが振り返る。

サシャバル伯爵夫人の視線に囚われたまま動けなかった。


しかしクラレンスがカトリーナの背をそっと押してくれたことで店の外へ。

ジリジリと焼けつくような太陽にクラリと目眩を感じた。

あとはニナとトーマスに任せてクラレンスと共に馬車に戻る。


吐き気を感じてカトリーナはクラレンスに寄りかかるようにして身を寄せていた。

腕を掴みながら微かに震えるカトリーナの体をクラレンスが包み込むようにして抱きしめた。


落ち着く匂いに瞼を閉じた。

先程、あんなにも心が締め付けられるように痛かったのに今は呼吸がしやすいと感じていた。



「カトリーナ、すまない。やはり王都で一人にすべきではなかった」


「……!」


「まさかこんな思いをさせてしまうことになるなんて」



クラレンスは悔しそうに唇を噛み締めている。

カトリーナはクラレンスの行動が嬉しくてたまらなかった。

今までカトリーナを庇ってくれる人など一人もいなかった。

しかしクラレンスはこんなカトリーナのために怒ってくれている。


安心感からかカトリーナの頬に涙が伝う。

自分の弱さが恨めしい。



「クラレンス殿下は悪くありません。私の、せいです……申し訳、ありません」


「謝ることはない。アレがシャルル・サシャバルと伯爵夫人か?」



カトリーナはゆっくりと頷いた。



「…………すまない」



クラレンスはそう言うと、落ち着くまでずっとカトリーナを抱きしめてくれていた。


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