第12話 クラレンスside



不可解な状況にクラレンスは額を押さえた。

サシャバル伯爵達にこれ以外の荷物を持たせてはもらえなかったのだろう。

噛み合わない会話と噂とは違う行動。本だけを持って現れた少女。


この地が寒いことを知っていただろうに薄い生地の草色のワンピース一枚で現れて、恐らく貴族としての振る舞いを知らず、使用人として働くことに慣れている。

目の前にいる少女が〝シャルル〟ではないことは明らかだった。

聞いていた話と違うことにも合点がいく。

でなければオリバーやベル公爵を疑うことになってしまう。


医師が来るまでの間、クラレンスはニナとゴーンにそのことを話す。

やはりニナとゴーンもこの少女に違和感を持ち、別人ではないかと答えに行き着いた。


(この件について、早急に確認しなければ……)


しかし今日の夜からは雲行きが怪しくなり、恐らく夜になるにつれて吹雪になるだろうと思っていた。

吹雪になれば邸から出られなくなってしまう。

早馬で届けるにしたとしても、天気によっては一週間ほどは身動きを取れない状態になることもある。

ナルスティナ領は猛吹雪が吹くこともある極寒の地。天気によって連絡が遅くなることが難点だ。


その前に医師を呼べたのは幸運だろう。

医師を待っている間、少女に付き添っていたニナが今後のことを話し合っていたクラレンスとゴーンの元を訪れた。



「クレランス殿下にお知らせしたいことがあるのですが」


「ニナ、どうした?顔が真っ青だぞ……?」


「その……先程、倒れる前に着替えているところを見たのですが肌が傷だらけで……わたし、見ていられなくて」



そう言ってニナは両手で顔を覆って首を横に振った。

その他にもあまりの体の細さに思わず顔を背けてしまったそうだ。

濡れた服を脱いでいる際に鞭で叩かれたような跡が無数にあり、腕から手首はもっとひどかったのだという。


シャルル・サシャバルは両親から溺愛されて育っているはずだ。

今までシャルルが粗相をすれば夫人やサシャバル伯爵が誤魔化してきたそうだが、馬車で置き去りにされたことや暴力の跡をみれば大切にされていないことはわかる。


(やはり別人で間違いないな)


そう思うのに、クラレンスは気になることがあった。

この少女を見ているとサシャバル伯爵の面影がちらつく。

クラレンスはシャルルには会ったことはないが、各貴族の当主達とは顔を合わせたことがある。

サシャバル伯爵は中性的で端正な顔立ちをしていたように記憶している。


クラレンスはある理由から幼少期からずっと黒いローブでいつも体を覆っていたため、クラレンスの素顔を知っているのは数少ない人物だけ。

サシャバル伯爵は知らなくとも、クラレンスは貴族達の顔をすべて覚えている。



「クラレンス殿下、医師をお連れしました」


「トーマス、ご苦労だった」


「もうすぐ天気が崩れます。早い方がいいかもしれません」


「わかった」



トーマスはゴーンの息子だった。

クラレンスの右腕として、また護衛としてもよく働いてくれている。

医師が到着して少女が寝ている部屋に通す。

クラレンスは部屋の外で待機していた。


診察が終わったのか、ニナが扉から顔を出す。

少女が寝ている部屋へ入ったクラレンスはそこで衝撃的な言葉を医師から聞くことになる。

極度の栄養失調に体には鞭で叩かれた傷、アザなどが無数にあったそうだ。

栄養失調は長年に渡るもので、鞭の傷は最近できたものだろうと語った。

恐らくシャルルのかわりになるようにと、ひどいめにあったのかもしれない。



「なんてむごいことを……」


「ぐすっ……あんまりだわ」


「…………っ」



ゴーンの呟くような声と、ニナの啜り泣く声が聞こえた。

そして今回、薄着で寒い中ずっと外にいた影響で手足は凍傷になりかけており、疲れや環境の変化に耐えられずに高熱が出たそうだ。



「兎に角、栄養をきちんと摂らせてください。何があったのか想像はできませんが今は休息をとることがいいと思います」


「…………」


「ですが一番に必要なのは心のケアかもしれません」



医師は少女を見て、暗い表情を浮かべながらそう言った。

クラレンスは言葉が出てこなかった。


扉をノックする音と共にトーマスが「そろそろ時間です」と声を掛ける。

包帯と傷薬を置いて医師は席を立った。

クラレンスはもう少し話を聞きたいと思ったが「また吹雪が止んだら様子を見に参ります」という医師の言葉に頷いた。


トーマスの「お早く」との言葉に医師は踵を返す。

外では雪が舞い始めて風も強くなってきている。



「ニナ、この娘が目を覚ましたら呼んでくれ」


「かしこ、まりました……っ」



ニナは鼻を啜り、ハンカチで目元を押さえながら頷いている。



クラレンスは部屋に戻り、少女のことを考えていた。


(どうするべきか……)


吹雪がやんだら、すぐに手紙を送り確認をした方がいいだろうと羽根ペンとインクを取り出して、ベル公爵と父に手紙を書いていた時だった。

遠くからニナの叫び声が聞こえた。



「──誰かっ、誰か来てください!」



クレランスはペンを置いて立ち上がった。テーブルがガタリと音を立てる。

黒いローブを羽織ると、慌てて声のする方へと駆け出した。

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