【コミカライズ】虐げられていた身代わり令嬢が呪われ王子に溶けるほどに愛されるまで
やきいもほくほく
一章
第1話
──この役立たずッ!
───捨てられたくないのなら働けば?
──あなたはいらない人間なのよ。本当、惨め
「……はい、シャルルお嬢様」
── ここにいられるだけ感謝なさい
───わたくし達に近付かないで頂戴
──顔を見せないで!早くどっかに行きなさいッ!
「はい、奥様……」
花瓶の水をひっくり返されたカトリーナの衣服は濡れそぼっていた。
廊下を汚してしまったことでまた怒られてしまうことになる。
あの二人の癇癪とカトリーナへの八つ当たりはいつものことだ。
周囲も当然のように見て見ぬふりをしている。
初めは悲しくて苦しくて息もできないほどだったのに、慣れてしまえば何も思わなくなる。
カトリーナは人形のように返事をして淡々と動くだけだ。
生まれてからずっとカトリーナはこの生活を繰り返している。
カトリーナの母はサシャバル伯爵邸で働く侍女だった。
侍女達の中でも若く見目が美しかった母はある時、ひどく酔ったサシャバル伯爵に無理矢理関係を迫られた。
そして『カトリーナ』を孕み産んだのだ。
その事実を知ったサシャバル伯爵夫人は大激怒した。
何故ならばサシャバル伯爵夫人のお腹にも同時期に新しい命が宿っていたからだ。
彼女の怒りを買った母はサシャバル伯爵邸での居場所はなくなった。
サシャバル伯爵夫人の生家は侯爵家で、サシャバル伯爵家を立て直すために組まれた縁談だった。
故に、夫人の機嫌を損ねる訳にはいかないサシャバル伯爵は母の味方をすることはなく、自分の身を守るために嘘をついた。
「あの女が迫ってきたんだ」
「私は悪くない」
勿論、母は反論した。
「無理矢理迫られた」
「こんな関係は望んでなかった」
しかし味方もおらず、貧乏な男爵家の三女として行儀見習いに来ていた母に勝ち目はなかった。
男爵家も不貞を働いた母をアッサリと切り捨ててしまう。
そしてサシャバル伯爵夫人も内情をわかった上で母を罰したのだ。
それはここを追い出されることより過酷な罰だったと思う。
「このサシャバル伯爵邸から出て行くことは許さない」
「死ぬまでここで娘と共に一生、苦しむがいいわ……!」
それは母にとっては地獄の宣告だった。
母に拒否権はなかった。
屋敷で働く者達からは白い目で見られて後ろ指を指されても、夫人に虐げられても逃げることは許されない。
居場所がなく、虐げられながらもここに残れと言われたからだ。
「こんな人生、嫌……」
「最悪だわ」
「消えてしまえばいいのにっ!」
母が息を吸うのと同じように、そんな言葉を呟いた。
耳に残る言葉がよくないものだとわかっていた。
誰に向かって言っているのか、幼いカトリーナにはわからなかったが、自分が望まれて生まれてきた存在ではないといつも感じていた。
母は美しい人だったが、いつも怒っていた。
カトリーナとは違うプラチナブロンドの髪は年々、ボサボサになり服も汚れていく。
悲しくて苦しくて泣いても母を怒らせるだけだと学んでからカトリーナは泣くことをやめた。
少しでも母を喜ばせようと明るく振る舞っても、母を不愉快にさせるだけ。
そう学んでからはカトリーナは笑うこともやめた。
カトリーナの感情は次々に『いらないもの』になっていく。
カトリーナが顔を見せれば、喋れば、触れば、母は嫌な顔をする。
それを見て、カトリーナは全てをやめた。
母に文字を教えてもらってからは、屋根裏部屋の端の方で本を読んで過ごすようになった。
それでも母と二人の狭い世界の中で、カトリーナはそうして生きていくことしか知らなかった。
物置きとして使われている埃っぽい屋根裏部屋で、カトリーナは六歳になるまで、ただ息を殺して暮らしていた。
母はカトリーナが成長したとしても絶対に屋根裏部屋から出さなかった。
小さな窓と大量に置かれていた古い本達と母だけが、カトリーナの全てだった。
カトリーナは母との約束があった。
それは「絶対に音を出してはいけない」というものだった。
カトリーナはその約束を守って、ずっと静かに過ごしている。
母はろくな食事も与えられないままタダ働きをしていたらしい。
与えられる食事がひどいものだと気づかないままカトリーナは過ごしていた。
時折、カビの生えていないパンや普段食べられない新鮮な果物が置かれていたが、母は何故か絶対に口にせずに、全部カトリーナに食べるように言った。
母は爪を噛んで、憎しみに顔を歪めながら見ていたから、折角のご馳走も味がほとんどしなかった。
カトリーナが六歳になったある日、本の中でしか見たことがない美しい貴婦人が屋根裏部屋に無理矢理押し入ってきた。
何度も「汚い」と言いながら。
チャコールグレーの髪は艶があり美しく巻かれている。
しかし感動したのは最初だけ。
向けられる眼差しに殺されてしまうのではないかと思った。
カトリーナの手のひらに汗が滲み、着ていた服をぎゅっと掴む。
カトリーナは助けを求めるように後ろを向いた。
いつもにも増して母の憎しみの篭った視線は射抜くように貴婦人を見つめていて、二人の間に何かあることだけは理解できた。
「あら、おかしいわね……あなたの子供は病気で動けなくて寝たきりだと聞いていたけど随分と健康そうじゃない」
「……っ」
母は唇から血が滲む程に、強く噛んでいた。
そう言って貴婦人は折り畳まれた扇子でカトリーナの顎を持ち上げた。
仄暗い血のような真っ赤な瞳と目があった瞬間、全身が震え上がった。
「顔だけが取り柄のあの男とあなたに似て、随分と美しいじゃない……本当に運だけはいいのね」
「……ぁ」
「…………気に入らないわ!」
その言葉と共に、カトリーナの頬に今まで感じたことがない鋭い痛みが走った。
重たい音を立ててカトリーナは倒れ込んだ。埃がぶわりと舞い上がる。
何があったのかわからなくて頬を押さえながら体を持ち上げた。
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