花火の音が終わるまで抱き締めて

Bu-cha

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「悠(はるか)ちゃん、今度花火大会に一緒に行かない?」




法律事務所の所長、葛西凛太郎37歳独身が今日も秘書である私にこういう誘いをしてくる。




「申し訳ありませんが、行きません。」




パソコンの画面を睨みながらタイピングをし答える。

そんな私の近くに葛西所長が・・・弁護士でもある先生が立った。




「やっぱり、俺に頑張られると迷惑かな?」




「そうですね。

先生は女を見る目がなさすぎます。

先生に頑張られる私は良い女ではないということなので。」




タイピングをする手を止め先生を見上げると、先生は困った顔で私を見下ろしている。




「そうだよね、ごめん・・・。

俺が付き合う女の子達は、いつも数日で音信不通になってしまうからね。

きっと俺は良い男ではないんだろうね。」




「先生は優しいとは思います。

先生の彼女さんと何人かお会いしましたが、誰が見ても先生には良くないとすぐに分かるくらいの方達でした。

大金持ちの家に生まれ、立派なビルに事務所を構える弁護士先生で顔まで良い。

気を付けてください。」




「うん、だから俺は悠ちゃんに頑張りたいと思っているんだけど。」




今日もそんなことを言われ、私は定時になったのを確認しパソコンの電源を落とす。




私がデスクを片付け始めると、先生が慌ているのがすぐに分かる。




「今日は金曜日だからビアガーデンでも行かない?」




「高級ホテルのですか?」




「うん、静かで落ち着いている良い所なんだ。」




「私は高級ホテルとか全く興味がありません。

どうぞ他の方と行ってきてください。」




「・・・何か他に予定がある?」




そう聞かれ、鞄を持って立ち上がった。




「友達と婚活パーティーに出てきます。

私も今年で30歳になるので、そろそろ結婚を考えています。」




先生に笑い掛けながら答える。

明らかに先生は動揺していて、これで弁護士がやっていけるのか心配になるくらい。

でも、先生が動揺しているのは見たことがなかった。




4年制大学を卒業して別の法律事務所の所長の元で秘書をしていた私が26歳、先生が33歳の時に先生の事務所に転職をした。




それからこういうのは何もなく過ごしていて、先生もたまに彼女が出来ていた。

そんな先生が去年の12月頃から突然私に対して頑張り始めた。




女を見る目がない先生が私に対して頑張り始めた。

それは私が良い女ではないということ。

何も嬉しくなかった。

そんなの全然嬉しくなかった。

全然全然、嬉しくなかった。











「凄い可愛いね~!!」




友達と参加している婚活パーティー。

私の席に次の男の人が回ってきた。

男性側の職種や年収などにしばりのない普通の婚活パーティーなので、普通な感じの男の人も結構いる。




「ありがとうございます。

元木悠です。

今年で30歳になりますが・・・大丈夫ですか?」




「30歳なんだ!!

27歳くらいかと思ったよ!!」




その後も時間が来る度に数人の男の人が回ってきて、フリータイムでは私の席に沢山の男の人達が来てくれた。

ありがたいことに、来てくれた。




友達の方を見てみると友達にも数人の男の人達が。

その子と視線を合わせ、お互い頑張ろうと励まし合う。




そして1番良さそうな男の人と無事にカップルが成立し、会場となったお店を一緒に出る。




「今度食事でもどうだろ?」




「はい!行きたいです!!」




「悠ちゃんモテそうなのに本当に彼氏いないんだよね・・・?」




お店から歩き始め駅に向かう。

連絡先を交換した時に、今日は帰りたいと伝えたから。




「彼氏は大学の時に1度いただけです。

同じサークルで同じ歳の人で。」




「じゃあ長かったんだ?」




「そんなに長くはないんですけどね。」




そう答えながら男の人に笑い掛け、今度の週末にまた会う約束をして別れた。




閑静な住宅街、そこの比較的良いマンションの実家に帰る。

玄関の扉を開けるとネコがお出迎えをしてくれ、私は“ハナビ”の頭や喉をワシャワシャと両手で撫でた。




「ただいま~!!」




「お帰り~!!」




大きな声で言うと、今年の3月末で定年退職をしたお父さんの大きな声が。

リビングの扉を開けるとソファーにお母さんと2人で座り、お母さんの肩に手を回し仲良くテレビを見ていた。




お母さんが幸せそうな顔で私を見た時、ハナビがお母さんのビザの上に乗った。

ハナビを嬉しそうな顔でお母さんがゆっくりとゆっくりと撫でる。




なんとも幸せな時間だった。




それに笑いながら、お父さんが作ってくれた夜ご飯を食べていく。

レストランの料理ですか!?というくらい味も盛り付けも上手。




「お父さん料理上手だよね。」




「昔は職場で当番があったからね。

最近の時代はなくなったけど。」




消防士だったお父さん。

昔は料理を作る当番があったらしい。

何も料理が出来なかったお父さんが、そこで料理を覚えた。




モデルルームのような実家の部屋。

専業主婦だったお母さんが家事をしていた時も綺麗だった。

定年退職してからお父さんが炊事洗濯を毎日全てやり、実家はいつ来てもピッカピカ。




エアコンの掃除や床のワックス、壁の張り替えやお風呂場とトイレの床の張り替えまでした。




8月の暑い夜を、新しいエアコンが涼しくしていく。

お父さんはエアコンの設置まで1人でやった。




自転車やバイクを作ったり自動車をいじるのも出来る。

資格も沢山持っていて、今はお姉さんの紹介でたまに仕事もしている。




何でも出来る。

お父さんは何でも出来る。

それも、どれも完璧に何でも出来る。




そして・・・




お母さんとソファーに座りイチャイチャしているお父さんを見る。

お父さんはお母さんのことが大好き。




子煩悩でもあり、お兄ちゃんや私とも沢山遊んでくれた。




毎日勤務の消防士ではなかったので、1日だけ泊まりの日がある。

翌日のお昼過ぎには帰って来て、次の日は休み。

それを3日間繰り返す当番制。




家にいる時は炊事洗濯をしてくれ、私が連れてきた友達とも沢山遊んでくれた。

私の友達もお父さんのことが大好きで人気者だった。




土日が休みの日はどこかに出掛け、我が家は仲の良い家族。




私はお父さんのことが大好きだし、そんなお父さんを選び選ばれたお母さんのことを尊敬している。

お兄ちゃんとは友達のように仲が良い。




私は、家族が大好きだった。




実家の近くに一人暮らしの部屋を借りてしまうほどに、家族が大好きだった。









「悠ちゃん、金曜日の婚活パーティーはどうだった?」




月曜日に出勤したら、挨拶もなく先生に聞かれた。

それには苦笑いをする。




「おはようございます。

無事にカップルが成立しました。」




「カップルって・・・付き合ったってこと?」




「そういう話ではなく、お互いがお互いの番号を書いたのでその場でカップルになり・・・。

なんといいますか、連絡先を交換して週末に会う約束をして・・・」




そこまで話した時、先生が動揺した様子で私の方に歩いてきた。

それには驚き、鞄をデスクに置く暇もなく後退る。




高層ビルの高層階に入っているうちの事務所。

私の背中には大きな窓が・・・。

そこからは都会の空と、同じく高層ビルがいくつか見える・・・。




「先生・・・?」




私のすぐ目の前に立ち、優しく整った顔を先生が険しい顔にして私を見下ろしている。




「それって、付き合ったってこと?」




「いえ、付き合ったわけではまだなくて・・・」




「カップルって、何なの?」




「それは婚活用語といいますか・・・。

とにかく、まだ世間一般的に言うカップルではありません。」




「それなのに週末に会うの?」




「そういうのを繰り返して、お互い付き合うか決めていくものじゃないですか・・・?」




苦笑いをしながらそう聞くと、先生は少しも笑わず険しい顔のまま・・・




「俺とも2人で週末に会ってよ。

俺ともそういうことを繰り返して、付き合うか決めてもらいたい。」

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