第32話
「あ、いた。イズモーン!」
放課後、結也が下駄箱で靴を履き替えていると、正直お外で呼んで欲しくないあだ名を口にしながら汐里の友人である三和明美に声を掛けられた。
「教室の方に行こうかとも思ったんだけど、下駄箱の方が確実だと思ってこっち来て正解だったね。ナイス判断わたし!」
「謎の自画自賛してるところ悪いんだけどさ、なんか用?」
「テンション低いなぁ、イズモンっていつも省エネ運転だよね」
「三和のテンションが普段から無駄に高いだけだよ。それで、なんの用なわけ?」
「用だなんて……私とイズモンの間にそんなもの必要ないじゃない(ハート)」
「……帰る」
「わー! 冗談、ジョーダンだってば、ジャパニーズジョークッ!」
慌てた様子ですがりついてくる明美。結也は聞こえよがし大きくため息をついて彼女に向き直る。
明美のことは決して嫌いなわけではないが、このノリとテンションは性に合わないし、基本その苦手意識を隠す様なこともしていない。
全くもって質の悪い話で明美本人がその事を分かった上で、面白がって声を掛けてきている節があるからである。
そんな相手にわざわざ気を遣ってやる道理もないだろう。
しかしなんのかんの言いはするが、友人の友人としてそれなりに上手くやれているとは思う。
気を遣わなくて言い分、結也としても話しやすい相手と言えなくもない。まぁそれでも疲れるので積極的に関わりたくはないが。
「もう一度だけ聞くけど。それで? なんの用」
「まったく冗談が通じないんだから……実はしおりっちにノート持って行ってもらおうと思って」
「ノートって、日野さん今日休んでるの?」
風邪でも引いたんだろうか? 昨日は父親に迎えに来てもらってたはずだけど。
結也はごく一般的な想像を頭に浮かべるが、不意に明美の顔が暗くなる。
「あ、聞いてない? ってそれもそうか、わざわざ別のクラスにまで言うことじゃないしね」
「何かあったの?」
穏やかではない明美の声色に、結也の表情も自然と真面目な物になる。
「うん……実は昨日しおりっちのパパが車で事故に遭ったみたいで」
「! 事故って、日野さん大丈夫なのか?」
昨日、汐里は父親に車で迎えに来てもらうと言っていた、その時に事故に巻き込まれたとしたら――最悪の想像が頭を過ぎる。
「しおりっちはなんともないって。詳しくはわたしもよく分かLINEらないけど、朝礼で先生がそう言ってたし、しおりっちにLINEしたら大丈夫って返事かえってきたから」
汐里は無事。ひとまずその事実に胸をなで下ろすが、本当に何も無いのなら今日汐里は学校を休んでいない。
「しおりっちは大丈夫なんだけど。しおりっちのパパの方が結構危ない状態みたいで、一応手術は終わってるみたいなんだけど」
「……一応聞くけど、冗談じゃないんだよな」
「流石にわたしだって、こんなこと冗談では言わない」
「そうだよな、悪い」
別に本気で明美が冗談を言ってると思ってたわけじゃない。
普段良くも悪くも軽薄なだけに明美のその重苦しい口調と声色だけで、ことの深刻さが推し量れる。
ただ冗談であってくれという願いがそう口にさせた。
その事は明美も分かってくれているのか、結也の質問に怒った様子はない。
「と、まぁ、そう言うわけだからさ。今日の授業のノートしおりっちに持ってって上げてくれないかな」
「え、なんで?」
素でそう返した瞬間、臑に明美からの鋭い蹴りが刺さり、結也はその場にうずくまることになった。
「この、朴念仁」
「いや、持って行くのは構わねぇよ。俺だって日野さんのことは心配だし。ただこういう場合、友達の三和さんが持って行った方がいいんじゃ無いのか? 俺そもそも日野さんの家の住所知らないし」
蹴られた臑をさすりなが立ち上がると、今度は逆側の臑に蹴りが飛んできてもう一度その場でうずくまる。
「いいからつべこべ言わずに行く。住所はわたしがLINEして上げるから」
明美は自分の携帯を取り出すとそこに素早く何かを打ち込み、それほど間を置かずして結也の携帯がメッセージの着信を告げた。
「おいそんな人の個人情報勝手に」
「しおりっちから許可はもらってるから大丈夫。とにかくホラ、ノートと今日配られたプリント、頼んだよ」
明美から数冊のノートとクリアファイルに入れられた数枚のプリントを差し出され、結也がそれを受け取る。
「本当はわたしが持って行ってあげたいところだけど。多分わたしが持ってくよりもイズモンが持って行って上げた方があの子は喜ぶと思うから」
「それじゃあ、お願いねイズモン」と最後に念を押して明美は結也に背を向けて去って行った。
どうして明美より結也が持って行った方が汐里が喜ぶのか。
その理由を聞くとまた蹴りが飛んできそうだったので、結也はその背中を黙って見送る。
身内が事故にあった、その言葉に否が応でも母の事が頭を過った。
いつもの様に仕事にでかけ二度と帰って来ることがなかった母の事を。
頭に浮かんだ不吉な記憶を慌てて振り払うよう頭を降る……日野さんは今どうしているのだろう。
そんなことを思いながら、結也しばらくのあいだ託されたノートを呆然と眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます