八月の光
中川圭
八月の光
八月の光が過ぎて存在のつややかな影だけが残った
曇天の深い創から洩れながら光はどうして澄み切った朝
パンプスを履いて日傘を抜き取って、けさ観た映画はお互い忘れた
もし時がシークエンスであったならあなたが髪を梳く速度さえ
習わせたいことなら幾らでもあってわれわれは映画ばかり観ていた
影だけが遠くへ伸びていく午後は言葉を鍵のように探して
テーブルに壊れた光 感情を統べる形式はまだ持たない
『ツリー・オブ・ライフ』は立派な映画かと問うべき相手もいまは居なくて
夕闇へ入ったひとが夕日へと還る、生きながら死ぬように
でたらめなピアノのごとき栄光をまといつつリタ・ヘイワースの歌
光さえあればいつでも
(きっとあなたが観ていたものは)無声映画の夜の丘、鉄塔は裸身を顕して
空白に絵を飾るようにわれわれは子供の話ばかりしていた
(ルイス・ブニュエルなんかこわくない)居ない娘のためのオルガン
閾から逃げ出した夢 白妙のシーツに腕の影はぼやけて
あの夏が息をひそめて立っている戸口へシャツを着ながら歩く
コスモスを映画でしか見たことがない気がした(コスモスだけじゃない、全部)
鉛筆を花瓶に挿して秋風の、あなたが語らなかったことの
もう何もつかんでいないてのひらを翳して、かたちなき光たち
八月の光 中川圭 @nakagawa713
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