第92部分

「……お嬢様がそれをお望みであればそう致しますが、冒険者を志されるのであれば、実戦の経験は積むべきであると思った次第でございます」


 タチバナがアイシスの問いに応えてその意図を説明するが、既にアイシスの覚悟は決まっていた。そもそも先程の言葉も驚きから思わず出たものであり、タチバナが言い出さなければアイシス自身が提案していただろう。


「いえ、やってみせようじゃないの。……でも、どうやって分断するの? 貴方が先に三体をやっつけたとしても、残りが私の方に来るとは限らないんじゃないかしら」


 力も頭も大した事が無いと明言されている相手くらい、一人で相手出来なければ話にならない。その沸き立つ闘志を表現するかの様に、アイシスが強い言葉で決意を表明する。だがその直後、それに自ら水を差すかの様に、やや不安げに疑問を呈する。


「……そうですね。折角ですので戦術的な動きの練習も兼ねると致しましょうか。お嬢様としても、あの者達の命を無駄にせぬよう、少しでも有効に使いたい所でしょう」


 タチバナが主の意思を汲んでそう言うが、それを聴いたアイシスは思っていた。いや、その通りではあるのだけれど、その言い方だと私が他者の命を道具としか見てない、とんでもない悪党みたいに聞こえるのだけど。


「そして肝心の戦術ですが、先ずはお嬢様があの者達の注意を引いて下さい。あの者達は弓などの飛び道具を持っていませんので、全員でお嬢様の方へ向かう筈です。そこで私がその中の三体を仕留めれば、結果的にお嬢様と残る一体の戦いになるでしょう」


 主の心中を知る由も無いタチバナが話を続け、パーティーとしては初となる戦術を発表する。それはまたしてもアイシスにとっては意外なものであり、事情を知らぬ者が聞けば、主を危険に晒す愚か者と思われても仕方が無いと言えるものだった。


 だが、アイシスは十分に理解していた。私なら小鬼一体を問題無く倒せると判断しているからこそ、タチバナはこの戦術を提案したという事を。そして、仮に何らかの理由で私が危機に陥ったとしても、タチバナには自身がそれを解決出来るという自信があるという事を。


「……成程、良い作戦ね。でもタチバナ、貴方はこの戦いでナイフを投げるのは禁止ね」


 とはいえ、客観的には主に危険な役目を果たさせる戦術である事に変わりはなく、アイシスは若干の不満を抱いてはいた。その当て付けと、タチバナが複数の相手との近距離戦をどう捌くかを見る為に、アイシスはやや理不尽な事を言う。


「……かしこまりました。それでは、私は戦術を実行する為に適した場所に控えておりますので、お嬢様の都合がよろしい時に始めて下さいませ」


 一切の口答えをせずにそう言うと、タチバナはアイシスと小鬼達の間に入れる場所へと移動する。アイシスはそれを見送ると、深い呼吸を繰り返す。タチバナの戦術や力量への信頼は十分過ぎる程に持っていたが、自身にとって二回目の実戦、かつ初めての戦術を駆使した戦いの前となれば、否が応でもアイシスの緊張は高まるのだった。そして四度目に息を深く吸い込んだ時、アイシスは木の陰から飛び出すと剣を抜いて口を開く。


「小鬼ども! その水場はこの私、アイシス・ハシュヴァルドが頂くわ! それが嫌なら掛かって来なさい!」


 アイシスがレイピア一度を天に掲げ、それを小鬼達に向けながら大声で口上を述べると、小鬼達はそれに反応して一斉に立ち上がり、アイシスの方を見て耳障りな叫びを上げる。そして武器を掲げると、一斉にアイシスに向かって走り出す。彼我の距離が徐々に縮んでいくのを見ながら、アイシスは思っていた。今の口上だと、どう見ても此方が悪者よね。


 アイシスがそう思ったと同時に、脇の茂みからタチバナが飛び出す。先頭の一体が通り過ぎた後の絶妙なタイミングでの飛び出しであり、わざと茂みで音を立てた事もあって作戦通りに三体の注意を引く事に成功する。尤も、タチバナであればナイフを投げずとも、その三体を殆ど反応もさせずに仕留める事は容易であった。主の命令の意図を汲んだ故の、タチバナの行動だった。


 アイシスの参考になるようにと、タチバナは敢えて小鬼に先に攻撃をさせる。一体目が棍棒を力任せに振り下ろすと、タチバナは前に出ながらそれを左側に躱し、そこで初めて腰からナイフを抜くとその勢いのまま小鬼の首を切り裂く。続いて二体目、三体目も次々と棍棒を力任せに振り回すが、タチバナはそれらも軽く躱すと、瞬く間に小鬼達の首を切り裂く。その時、先頭を走っていた小鬼とアイシスは未だ接触してすらいなかった。


 結局はナイフと腕を一本ずつしか使わぬまま、小鬼三体を瞬く間に葬ったタチバナの戦いに感動を覚えつつ、アイシスは思っていた。まあ、この小鬼達から見れば私達は悪役以外の何者でもないわよね、と。敵が迫って来ているにもかかわらず、妙に落ち着いている事はアイシス本人にも不思議だった。そんな事を考えている間に、気付けばお互いの殺傷圏の付近まで彼我の距離は縮まっていた。

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