第87部分

 タチバナの言葉を聞いたアイシスは自身の記憶を辿り始めると、直ぐに答えに辿り着く。あまりにも合点がいったアイシスは左の掌を上に向け、握った右手でそれを上から叩くという、創作物の中でしか見ない様な動きをしながら口を開く。


「ああ! 魔族って事ね」


 アイシスがそう言うと、タチバナは頷いて続きを話し始める。


「はい。あの方は魔族でございます。どの様な魔法が使えるのかまでは存じませんが、強い魔力をお持ちである事は確かでしょう。それがどの様なものであれ、魔法を遠慮無く使用されていたならば同じ結果が訪れていたとは言い切れません。尤も、その場合であっても敗れていたとは限りませんが」


 成程。そういう事ならば勝った気がしないというタチバナの気持ちも分かる。話が終わったと思ったアイシスがそれについて考察を始めるが、タチバナは更に言葉を続ける。


「そして最後にもう一つ。あの時、黒星殿によって戦いは中断されましたが、実を言えばあの時点では私の状況は良くありませんでした。ですので、続けていれば攻守が入れ替わっていた可能性は十分にあります。もしそうなっていた場合、先程も申し上げた通り強敵の攻撃を回避をし続けるのは難しいので、その後の戦いでは恐らく苦戦を強いられていた事でしょう。概ね以上の理由により、私は自分が先程の戦いの勝者だとは思っておりません」


 タチバナの話を聞き終え、アイシスは考えていた。先程の戦いについてではなく、タチバナの事を。事実として勝利したと言える結果で戦いは終わっているにもかかわらず、あれこれ理由を述べて勝っていないと主張する。と思えば、魔法を使われていたとしても負けたとは限らないと言う。クールなイメージばかりが自分の中で先行していたが、タチバナは本当はとても負けず嫌いなのでは。


 そう考えると、アイシスはタチバナに所謂ギャップ萌え的な可愛さを感じてしまいそうになるが、タチバナは二次元のキャラクターではなく、今の少女にとって最も大切な相手である。そう単純に性格を決めつけるものではない。根が真面目な少女はそう考え、今までの話や出来事を更に深く考察し始める。話し終えた当のタチバナはアイシスの反応を待っていたが、主の真剣な様子を察し、それを邪魔せぬよう、ただ黙っているのだった。


 今のタチバナの話、その前までの話、昨日の出来事、それ以前の出来事。アイシスはそれらを高速で振り返り、関係する場面を抽出して考察する。人生に於いて最も頭を使ったかもしれない。短時間ながら本人もそう感じる程の熟考を経て、アイシスはタチバナの性格について一つの結論を見出す。無論、他者の頭や心の中の事なのだから予想の範疇は出ないのだが、その結論については恐らく間違いはないとアイシスは思っていた。


 そうしてアイシスが出した結論は、タチバナは自身の能力について強い自負を持っている、という事だった。それこそ、起こってしまった出来事の全ての責任を自分に負わせてしまう程に。それ故に先程の戦いは手心を加えられた気がして納得が行かず、かと言って自分が敗北する事は仮定の上でも認めたくはないのだろう。あくまで自身の予想ではあるが、難儀な性格であるとアイシスは思った。


 だがそれが悪い事だという訳ではなく、その自負心自体は大切にして欲しいとアイシスは思っていた。とはいえあまり思い詰めて欲しくはないし、事実として勝利らしい結果に終わった戦いについては素直に受け取って欲しいとも思っている。それらを全て満たす為に主としてタチバナに掛けるべき言葉は……。これまでの人生で最も良く考えながら、アイシスは口を開く。


「……貴方の考えは良く分かったわ。でも、良く考えてみなさい。先ず、奇襲についてはお互い納得済みなんだから、それをしなかった場合については考慮する必要は無いわね。次に、貴方の攻撃を躱し続けたのは確かに凄いけど、本来なら攻撃を躱されたら隙が出来る筈なんでしょう? それを貴方が見せなかったから、相手も回避に専念するしかなかったとも取れるんじゃないかしら? それに、もし逆の立場だったとしても、貴方が攻撃を受ける場面は私には想像出来ないわ」


 アイシスの言葉を聞きながら、タチバナは思っていた。自分はアイシスの事を未だ侮っていたのかもしれないと。


「そして魔法についてだけど、使わなかったのは向こうの勝手でしょう。それが油断からのものだったら、油断する方が悪いというのが貴方の考えじゃなかったかしら? まあ、私はそもそも使えなかったという方を推すけれど。昨日の私がそうだったように、魔法には詠唱が必要だったり、精神の集中が必要なんじゃないかしら。貴方の奇襲の所為か、それとも回避に専念していたからかは分からないけど、恐らく使いたくても使えなかったのだと私は思うわよ」


 少女の人生に於いて、一度にこれ程長く話した事は今までに無かった。自分でも驚く程に上手く言葉を紡げているとアイシスは思っていたが、それでも未だ話の途中なのであった。

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