異世界に転生したら悪役令嬢だったから勇者パーティーから追放されたけど実はチート魔法が使えたから無双する。今更戻って来てと言われてももう遅いですわ

くうる

第一章「旅立ち、夢見る転生者」

第1部分

 ある暑い日の事であった。一人の少女が人知れず病室で息を引き取った。少女は難病を患っていたが最近は小康状態であった為に特に厳重に看護されていた訳でもなかった。その為に急激に悪くなった症状に対して誰も対処をするどころか気付く事すら出来なかったのである。紛う事の無い悲劇だが、息をしなくなった少女が微かに微笑みを浮かべていた事は後から少女の遺体を見つける事になる者にとって僅かな救いにはなるだろう。少女が最期に思ったのは『やっと楽になれる』という事だった。


 時を同じくして、とある少女がベッドの中で目を覚ます。意識を取り戻した少女が目を開ける前に思ったのは『夢だったのか』という諦観だった。やっと楽になれたと思ったのに、と悪態を吐きたくなった時に少女は違和感に気付く。


「身体が、痛くない」


 難病により全身に痛みを抱え、満足に動くこともままならなかった身体を自由に動かす事が出来る。その喜びの前では何故突然にそうなったのかという疑問など些細な事でしかなかった。目を開けて身体を起こすとそこは病室ではなく見知らぬ部屋だった。


「まだ、夢を見ているのかしら」


 自身が今まで見て来た物とは明らかに様式の違う部屋の構造や調度品の数々を一通り眺める。室内は薄暗く、カーテンの隙間から日の光が差し込んでいるのが見える。天井には電灯は無く、ベッドの横には蝋燭を用いたランプが置かれている。部屋の壁には絵画等が飾られており、少女が今乗っているベッドは一人で眠るには不必要に大きい豪華な物である。


 そこまで観察した所で自由に動く身体に感動して居ても立っても居られなくなった少女がベッドから降りようとすると、そこには可愛らしい靴が靴下と共に置かれていた。少女が元暮らしていた場所では部屋に土足で上がる文化ではなかった為、少女が先程から感じていた違和感は更に大きくなる。逸る気持ちを抑えて靴下と靴を着用するが、その動作を苦も無く出来るという事に強い感動を覚えて涙が出そうになる。


 いざ立ち上がり二、三歩歩くと以前の身体との感覚の違いによって躓きそうになってしまい苦笑するが、それでも少女の胸中では感動の方が圧倒的に多くを占めていた。改めて部屋を見回ると木製の机や椅子、それに箪笥のような物は目に入るが電化製品の類は一切見当たらない。そしてやがて大きな全身鏡を見付けた時、少女は思わず息を呑んだ。


 鏡に映っていたのは慣れ親しんだ自身の姿ではなかった。最近は立ち上がる事もままならなかった為に鏡を見る機会もあまり無かったとはいえ、自身の姿を忘れている訳はない。ややウェーブの掛かった長い金色の髪に整った顔立ち、白いネグリジェを着た身体は記憶に有る自身の姿より背も高く各所が女を主張していた。こうして鏡に映る自身の姿と記憶の中のそれの違いを目の当たりにした事で少女の中で先程から抱いていた違和感、疑念が確信へと変わる。


「……異世界転生だ」


 生前、難病を抱え殆どの期間をベッドで過ごしていた少女には一つの趣味があった。テレビゲームの類でさえ碌に操作をするのが難しいような身体でも楽しめる趣味、それはスマートフォンでの読書であった。両親は少女を憐れんで様々な物を与えはしたがインターネット上で自由に使えるお金は無かった少女は無料のサイトでの読書を日課にしていた。そこで流行っていた一つのジャンル、それが異世界転生であった。それを生前に多く読んでいたが故に少女はこのような突飛な事態にも冷静さを欠かず、すぐに答えに辿り着く事が出来たのである。


 とはいえ良くあるその手の話とは異なり、鏡に映る自身の姿に少女は一切の見覚えが無かった。『ステータスオープン』等と呟いてみるが当然ながら何も起こらない。自身がどうやら異世界に転生したという事の他には何も分かる事が無い。仕方が無いので取り敢えずは現状を口に出して整理する事で気持ちも整理する事にする。


「まさか自分が本当に異世界に転生するなんて……。でもこの身体の元の持ち主はどうなってしまったのかしら。私の意識があるという事は消えてしまったのかな……だとしたら凄く可哀想だけど、私が望んでこうなった訳でもないし、折角こうして自由に動ける身体を手に入れたんだからせめて精一杯楽しんで生きるのが供養になるわよね」


「とはいえ現状では圧倒的に情報が足りないわ。今着ている物と……あった、あそこに掛かっている服。それにこの部屋の設えを考えると結構身分が高い、或いはお金を持っている人物である可能性が高いかしら。あとは取り敢えず健康ではあるようね。自由に動く身体、なんて素晴らしいのかしら」


「それから電化製品の類が一切見当たらない事を考えると文明は元の世界程は進んでいない、もしくは魔法等が発達していて別の方向に進んでいるという可能性もあるかしらね。……現時点ではこれ位しか分からないわね。先ずこの場所が私の家なのか、それとも宿の類なのかも分からないし」


 現時点で把握出来る情報を一通り口に出して整理したが、分かったのはやはり圧倒的に情報が足りないという事だけだった。しかし気持ちの面を整理する事は出来たと前向きに考え、一先ずは更なる情報を得る為に部屋を出よう、少女がそう考えた時だった。部屋にある唯一の扉が外側からノックされる音が室内に鳴り響いた。

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