無題

かないしの

無題

 この町のボス猫は、しっぽが猫じゃらしだ。比喩ではない。額面通り、尾がエノコログサなのだ。

 その猫がいつからボスで、どうしてしっぽが猫じゃらしなのかは町の住人も知らないらしい。『ボスのしっぽが猫じゃらしなので、そのほかの猫たちはその後ろをついてまわってはじゃれついている。そうするうちに猫じゃらし猫がボスになったのだろう』、町に住む若い——と言っても娘息子が独立している年齢である——人間いくらかに話を聞けば大半の人がそのようなことを言っていた。

 しかし、実際はそうではないらしい。一帯を取り仕切っているらしい地主の老爺いわく、この町のボス猫のしっぽは彼が物心ついた頃からずっと猫じゃらしだったそうだ。つまるところ、この町のボスになる猫は皆しっぽが猫じゃらしであるということになる。

 そしてその猫たちの本当のしっぽは、町の縁を流れる一級河川にある広い広い土手でゆらゆらと揺れているらしい。そこはエノコログサの群生地があって、その真っ只中に歴代ボスたちの毛並みによく似たエノコログサが生えているそうだ。

 老爺はここまで話し終えると、ぶっきらぼうに川の方を指さしてから邸宅に戻って行ってしまった。

 結局なぜ猫のしっぽが猫じゃらしと入れ替わっているのかは分からずじまいだ。が、おそらくそんなことは誰も知らないのだろうし、この町では誰一人とて疑問には思わないのだろう。

 帰り際、列車が一級河川を跨ぐ折に車窓を眺めてみた。眼下には涼しげな川と、それを挟んだ広い広い土手になんの変哲もないエノコログサの群生地が広がるだけだった。

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