湊と詩と、一花とケンタの場合
アンドロイド犬の名前はケンタと名付けた。
ケンタは実に愉快で陽気な犬だった。
自宅に連れて帰ってからも、一花から目を離さず、ずっと傍にいる。
九か月の一花はハイハイが始まり、行動範囲も増えるし、家中の全てのものに興味津々だ。
ベビーサークルで仕切ってあるとはいえ、一花の後をケンタは追いかけ、危ない物や危ない方向へと向かおうとすると、彼女の服を引っ張って引き留める。
そして、鼻をピクピクと動かすと、さっとオムツとお尻拭きをサイドボードの上から咥えると、一花の元へと戻り、彼女を仰向けに寝かせると、素早くオムツ替えをした。
その一連の行動に、あっけにとられる湊と詩。
「……信じられない」
「犬がオムツ替えするなんて……」
「わぉん!」
口角を上げてドヤ顔のケンタ。
……しかし、良く見れば、一花のオムツは後ろ前。
「ケンタ、オムツが後ろ前だよ」
「……!?」
ケンタは慌てて、しゅぱぱっとオムツを直した。
ふう、とケンタは犬らしかぬ溜め息をつくと、湊に一花を見ていてとばかりに目線を送り、二足歩行でゴミ箱へ行き、オムツを捨て、それから洗面所へと行き、前足をごしごし石鹸で洗っていた。付け添えられていたタオルで前足を拭くと、再び一花の傍へ。
オムツを替えてご機嫌の一花は、やって来たケンタの耳を引っ張ったり、尻尾を掴んだりした。
ケンタは一方的にやられて、ジト目で一花を見ているが、一花のさせたいようにさせている。
次第に犬らしく四つん這いしているのが飽きたケンタは、肘枕をして寝転んだ。
そんなケンタに覆い被さる一花。新しい玩具の様に、ケンタは一花にさせたいようにさせている。
「……変な犬だね」
「ええ、変な犬ね……」
湊と詩はお互い顔を見合わせると、ぷっと吹き出し、大笑いした。
笑う両親にきょとんとする一花。
二人は久しぶりに大笑いした。
こんなに笑ったのはいつぶりだっただろうか。
両親の笑い声に、一花もつられてニコニコになり、ケンタだけが眠そうに大きく欠伸をした。
◆
――それからも、ケンタはこの家族に余裕と笑顔を運んだ。
一花が眠るときはいつもトントンしてあげる。最初は一花の胸を優しく叩く。
しかし、調子に乗ってくるとドラマーの様に16ビートで一花にトントンしたり、先にいびきをかいて眠ってしまったり。
食事中も、ミルクが良いと泣いて怒って、彼女がぶちまけたすりつぶしのさつまいもを頭から被ったケンタ。しょぼくれるケンタを湊と詩が慰めたり。
歩き出した一花。
ケンタが押すベビーカーで公園に行き、一緒に泥んこ遊び。帰る時は毛並みが泥だらけ、泥ダルマになったケンタがベビーカーを押していると、近隣住民から不審者扱いされて通報された。
喋り出す一花。
「まんま」
「わんわ」
「ぶーぶ」
「わーわ」
「おいちぃ」
「わんわん」
「けんら(た)」
「わんわ」
色んな物を見て、知って、覚えていく一花。
ケンタに真似されて喜ぶ一花。
ケンタは一花の一番の親友になった。
湊と詩が仕事が遅くなった時、家での留守番も、ケンタが希望の園へとお迎えに行ってくれて、一緒にご飯を食べて、一緒に待ってくれた。
ケンタの目はカメラにもなっていて、湊と詩にも一花の状況が逐一見れた。
一花もケンタが居れば、ちっとも寂しくなくて、むしろ、おっちょこちょいのケンタの世話を焼く時もあったし、二人してイタズラをして、詩や湊に怒られる時もあった。
小学生になった一花。
遠足の日にうっかり玄関にお弁当を忘れても、ケンタが行き先の上野動物園まで届けてくれた。しかし、そのケンタが帰り道に迷子になり、湊が慌てて隣の神奈川県まで引き取りに行ったこともあった。
宿題の分からないところも、ケンタも一緒になって悩んでくれた。しかし、捻り出した彼の答えはいつも真顔で「ワン」だった。
一花が描いたケンタの絵が区の絵画コンクールで入賞した。
それが区民ホールに飾られる事になった。誰よりもケンタが喜んだ。
毎日、区民ホールに見に行こう! と、仕事から帰って来たばかりの湊や詩の洋服を引っ張って、湊や詩を困らせた。
相変わらず仕事と家庭の両立で忙しい詩と湊だったが、お互いにルールを決めて、一花の世話をした。
多忙だった詩の業務も豊川部長の計らいでエミリが配属されて、ある程度融通がきくようにしてもらった。(後に知るが、社長と豊川部長は同期で友人だった)
それでも、帰りが遅くなってしまう時がある。
しかし帰ってくると、いつも一花は楽しそうに笑っていた。
傍にケンタが居てくれたから。
湊と詩と一花は、ケンタと一緒に色んなものを見て、遊んで、知って、時には喧嘩も失敗もし、落ち込み、泣いて、仲直りして、笑った。
不完全なアンドロイド犬は、不完全な家族の一員となり、一緒に成長した。
――あれから数十年経った今もなお、色褪せたケンタの絵はケンタのベットの上に誇らしげに飾ってある。
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