第6話 シャンデリア

「……どいつもこいつも……」


 リヒャルト王子はぶつぶつと呟いていたが、辛うじて聞き取れたのはそこだけだった。


 次の瞬間に、その場にいた誰もが動きを止めた。


 王子は懐から拳銃を取り出した。


 銃口はアマーリエに向けられる。


 アレクシアは息を呑むしかできなかったが、クラウス、そして王子の従者が一斉に飛び掛かり、間を置かずに王子は床に倒された。


 だが、その反動で指を掛けていた引き金を引いてしまい、ホールに銃声が響き渡る。


 残響が収まる頃に目を開けると、銃弾はシャンデリアを吊るす金具の近くに当たり、クリスタルのパーツが揺れて音を立てる。


「離せっ、貴様ら、僕は王子だぞっ」

 銃は取り上げられ、床にうつ伏せになり両手を背中で押さえられながら呻く。


「国を守る王族が、国民に対して銃口を向けておいて何を言う」

 パルマノヴァ侯爵にもっともなことを指摘され、王子の顔は赤黒くなる。


 その脇から一歩進んで出てきた男は軽くお辞儀をした。

「この度は他家の玄関先で大変失礼を致しました」


 見たことがあると思ったら、王子の側近の一人の子爵子息だった。

「後はこちらで対処致します。ご迷惑をおかけしました」

 他人行儀に述べてから、やけに体格のいい従者達に指示を出して王子を連れ出す。


 彼は側近の中ではそれ程近しい存在ではなかったように思えたが、いつも左右にいた将軍の息子や王家の縁戚である公爵などは見当たらなかった。


 それが、今のリヒャルト王子の立場を表しているのではないかと、ぼんやりとアレクシアは感じ取った。


 王子の怒鳴り声が響き渡るが、誰一人として彼に従う者はなかった。


 かつん、と床に硬い何かが当たる音がした。


 床を見ると小石のような物が落ちている。


 上を見ると、銃弾が当たった天井にひびが入り、シャンデリアが傾き出している。


「危ない!」

 真下にはクラウスがいたので、アレクシアは駆け出し、突き飛ばした。


 みしっと剥がれるような音が聞こえ、その直後落下してきたシャンデリアが床に当たって砕けて飛び散る甲高い音がホールに響き渡った。


 舞い上がった埃や土煙が収まると、アマーリエがホールの端で侯爵の腕の中にいるのがぼんやり見て取れた。


「アレクシア様!」

 下敷きにしているクラウスが体を起こしたので、アレクシアも彼の膝の上に抱きかかえられた。


 ぽたりと胸元に雫が落ちる音がした。

 顎が濡れた感触があったので手の甲で拭うと、赤い線がついた。


 血だ。


 ぽたりぽたりと胸元に赤い染みが広がっていくのを見てしまい、アレクシアはそこで視界が、世界が狭まっていくのを感じた。


 その後のことは、再び目を覚ますまで記憶がなかった。



 気を失っていたのは三十分くらいだと目を覚ました時に聞いた。


 アマーリエの従者の中に医学の心得がある人がいたので、応急処置をしてもらったのだとクラウスが教えてくれた。


 起きた時に顔に包帯を巻かれていたので、そんなに大変な傷なのかと肝を冷やしたが、割れたシャンデリアの破片が床に当たって弾かれ、それが顎に当たって切れただけだという。


 他に傷はないのだが、ガーゼを固定するためにこんなに大袈裟になってしまったとのことだった。


 そして、クラウスに飛びかかった時に変な角度で足をついてしまい左足を捻挫してしまった。


 アマーリエは日帰りの予定だったので時間いっぱいまでいて、女手が少ないのでアレクシアの世話を自らしてくれた。


 彼女も侯爵も怪我もなかったようなので、その点はほっと胸を撫で下ろした。


 こんなことになって、とアマーリエは消沈していたが、彼女のせいではない。


 自身の屋敷でお客様が怪我をするよりは心易いので、あまり気にしないでほしいと励ました。


 良くなったら今度はそちらにお邪魔してもいいか尋ねると、アマーリエの頬にわずかに色が戻った。


 是非にと言われて、アレクシアも嬉しくなって笑ったが、ぐるぐる巻きの包帯でぎこちなくなってしまった。

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