フェイク

小欅 サムエ

フェイク

「今日はありがとう。楽しかった! また誘ってね」


 夕陽も沈んだ午後九時。映画館前で女が不自然な笑顔で男に言う。男はまんざらでもないというような顔で返す。


「良かった。この映画、前から気になっててさ。楽しかったんなら良かったよ」

「私も気になってたんだ。でもちょっと重かったかな? もっと笑える方が好みかも」

「そっか。それじゃ、気を付けて」

「うん」


 別れの言葉を交わし、女は駅の方向へと歩みを進める。だが男はふと、彼女へ神妙な面持ちで問いかける。


「あのさ」

「うん?」

「あの映画じゃないけど……もし、キミが誰かに殺されることになったら、誰かに復讐してほしいって思う?」

「私が? うーん、そうだなぁ」


 急な質問であったが、女は少しだけ考えた後、明るい調子は変えずに答える。


「私が死んだ後の話でしょ? だったら、別にどっちでもいいかな」

「どっちでも?」

「うん。だって死んだ後の世界に私はいないし、何が起きたって関係ないもん」

「映画みたいに、酷い殺され方でも?」

「そうだねー。結局、残された人の想い次第だし。私がどうこうっていうことじゃないから。ぶっちゃけ、どうでもいい」

「そう考えるんだ。面白いね」

「そう?」


 『面白い』と評されたことに気分を良くしたのか、女は少し上機嫌に話を続ける。


「魂みたいな、自分の残骸っていうのかな。そういうのがあるなら、復讐してほしいって思うかも知れないかな。でもそうじゃないなら、あとは自己満足の範囲でしょ」

「あ、そういう条件なら復讐して欲しいんだ?」

「そりゃ、意識があるならね。自分の手で呪い殺せるなら、きっとそうするかも。はは、なんか怖いこと言っちゃった」

「大丈夫、いつも通りかわいいよ」

「ふふ、ありがと。ま、魂なんて存在しないと思うけどね」

「そうだね。あ、引き留めちゃってごめんね」

「いいよ別に。それじゃあね!」


 再び女は踵を返し、駅の方に向かう。


 一方で男は女の背中を見つめ、まるで感情のない目で独り言をつぶやく。


「……鍵アカで言ってたことと違うじゃん。やっぱ、その程度だったんだな。でもまあ、どうでもいいか」


 そう言うと、男はカバンに入っていた長く鋭いものを取り出す。


「殺されても、復讐は望まないんだよね。だったら、いいよね?」

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フェイク 小欅 サムエ @kokeyaki-samue

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