誰しも他人に言えない秘密の一つや二つあるだろ?



「誰しも他人に言えない秘密の一つや二つあるだろ?」


 俺の隣を歩く柊さんが、納得いかないような顔でジト目をしてくる。

 これは彼女からの、「どうして高橋くんと藤田くんは仲が良いの?」という質問に対しての返答だ。

 俺と藤田が仲良くなったきっかけは確かにあるが、それはおいそれと周囲に言えるものじゃない。


「藤田くんから口止めされてるの?」


「いや。そういうわけじゃない。俺が自主的に黙ってる」


「そう、なんだ」


 もう七月に入り、気温は上がっていく一方。

 汗をかくのは、好きじゃない。

 サウナ好きの奴って、やっぱり夏好きなのかな。


「柊さんだって、秘密あるだろ?」


「え、わたし?」


 俺が意味ありげな視線を送っても、柊さんはピンと来てないらしい。


「秘密というか、そもそも逆に高橋くんがわたしについて知ってることって何かなって感じなんだけど」


「ごもっともすぎる」


 言われてみれば、そもそも俺は柊さんについて知らないことが多すぎる。

 これは皆に隠している俺の秘密が根本的な原因ではあるけれども。


「まあまあ、それは置いておいてさ。まず、柊さんの秘密といえば、名前だよ」


「名前?」


「そう。下の名前。俺に秘密にしてるじゃん」


「へ!? い、いや、それは別に秘密にしてるわけじゃないけど」


「でも前に梅ちゃん? だっけ? そんな感じで呼んだ時、怒ってなかった?」


「怒ってたわけじゃないよ。ただ、わたしは自分の名前あんまり好きじゃないから」


 一応俺が柊さんの秘密だと思っているのは、下の名前だ。

 彼女が俺に告白(笑)をしてきた時に、弓削は柊さんのことを梅ちゃんと呼んでいた。

 それに合わせて俺も梅ちゃんと呼んだところ、親の仇のような目つきで拒否されたことは記憶に新しい。

 というより軽いトラウマである。


「へえ。そうなんだ。それで? 下の名前なんていうの?」


「え? 今の流れで、普通きいてくる?」


 普通きくだろ。


「教えてよ。秘密じゃないなら」


「……梅子」


「ん?」


「だから、柊梅子ひいらぎうめこ


 柊梅子。

 俺は拍子抜けしてしまう。

 なんか思ったより普通だな。


「普通じゃん」


「どこが!? 全然普通じゃないよ! 梅子だよ!? この令和にありえない! 超ださいって!」


 すると顔を真っ赤にして柊さんはプルプルと叫ぶ。

 え、そんなに?

 正直言って、自意識過剰というか、気にしすぎとしか思えないけどな。


「そうかな。悪くないと思うけど。梅子」


「本当にやめて」


「梅ちゃんが嫌なら、ちゃん梅は?」


「怒るよ」


「ごめんなさい」


 もう怒ってると思うけどね。


「とにかく、嫌ってことはわかったよ」


「これだけは本当にお願い。苗字で呼んで欲しい」


 わりと深刻そうな表情で柊さんはこちらを見つめる。

 これは本人の感性の問題だから、俺がどうこう言う資格はないのだろう。


「でも弓削は梅ちゃんって呼んでるじゃん。あれはいいの?」


「……まあ、嫌だけど。しょうがないよ。三智花ちゃんだから」


「なるほどねぇ」


「でた。わかった風な顔。高橋くん、結構その顔するの好きだよね」


 少し拗ねたように、柊さんはそっぽを向く。

 弓削のことだ。

 柊さんが嫌がっていることをわかっていて、あえて下の名前で呼んでいるのだろう。

 まるで悪意なんてありませんよ、天然です、みたいな振りをしながら。

 本当に性格悪いよなあいつ。


「でも、知れてよかったよ。柊さんのこと」


「え? そ、それなら、よかったけど」


 頬を僅かに赤く染めて、柊さんは恥ずかしがる。

 俺や藤田や弓削の秘密に比べたら、なんてことはない。

 

「ちなみに、高橋くんにも秘密あるの?」


「俺? 一応、あるよ」


「どんな秘密?」


「それは秘密」


「……うるさ」


 少し打ち解けてきたのか、柊さんはそこでクスッと笑う。

 俺の秘密は、なんてことはない。

 至ってシンプルなものだ。

 でも、誰よりも根が深いとも言える。



「心配しなくても、その内教えるよ」


「そっか。じゃあ、楽しみにしてるね」



 純粋な期待を浮かべて、柊さんは目尻に皺を寄せる。

 きっと知らない方が良かった、と思うだろうけど、それは言わないでおく。

 だって、夏はまだ始まったばかりだから。 

 

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