今すぐ彼女をつくってくれない?



「今すぐ彼女をつくってくれない?」


 授業と授業の小休憩。

 校内の自動販売機でスプライトを買おうとしている俺の背中に、柔らかな女子の声がかかる。

 せっかくの休み時間くらい、勘弁してくれ。

 残念ながら俺に声をかけてくる女子生徒の数は限られている。

 うんざりした気分で後ろを振り返れば、やはりそこにいたのは笑窪が特徴的な美少女。

 この可憐な外見に騙されることなかれ、激情家こと弓削三智花ゆげみちかだ。


「……なんだ弓削か。藤田ならいないぞ」


「知ってる。小雨くんがいる場所で、私が高橋みたいな陰モブに話しかけるわけないでしょ? ちょっとは頭使って? ね?」


 今回は近くで話を聞かれるほどの距離には誰もいないが、普通に人目がつく場所ということもあって、いつもより言葉の過激さは抑えられている。

 もっとも、抑えられていても俺のガラスのハートを傷つけるには十分すぎるほど鋭利なのだが。


「というか話逸らさないでくれるかな? 彼女、つくって? 今すぐに」


「意図的に無視したのに何回も言うなよ」


 弓削はニコニコと遠くから見たら新しいパンケーキ屋の話題でもしているような笑顔を保ちながら、言葉のナイフを俺に突き刺してくる。

 こいつ本当に俺のメンタルを抉ることだけ得意すぎるだろ。

 彼女つくってと言われましても、つくれるならつくってるんですがこれいかに。


「どうして彼女つくらないの?」


「つくらないんじゃなくて、つくれないんだ」


「どうして? やっぱりキモいから? あまりにもキモすぎるから?」


「そうなのかもしれん」


「はぁ、うざ……私、思ったんだ。小雨くんが高橋から解放されるには、どうしたらいいんだろうって」


「何かいい案は思いついたか?」


「二つ思いついた」


「へぇ?」


「一つは、高橋をころす」


「いきなり極端すぎる」


 藤田には弓削の機嫌をなんとかするようにお願いしたのだが、この様子だとあまり効果はなしていないみたいだ。

 そもそも、藤田には弓削はこの態度を見せていないので、そこまで深刻に捉えていないのだろう。

 ちょっとした、可愛らしい嫉妬くらいに思っているのかもしれない。


「俺をころさない方の案は?」


「そっちはさっきから言ってるでしょ? 彼女をつくる」


「なるほど。それでさっきから騒いでるのか。それもそれで極端だな」


「今すぐ、つくれない? なんなら、お金の関係でもいいから。適当にSNSかなんかで、安っぽい女買ってきてよ」


「むちゃくちゃ言うなよ。俺はまだパパになるほどの甲斐性はないぞ」


 弓削はその小動物みたいなクリクリとしたパッチリお目目で、俺をガン見している。

 軽口で返しているが、どうやらこいつわりと本気で言っているらしい。

 

「私、気づいたんだ。小雨くんは優しすぎるんだって」


「まあ、あいつは優しいよ」


「あまりに惨めで、みすぼらしい高橋を見てると、どうしても救いたくなっちゃうの。だから小雨くんは高橋の傍に行く。代わりが必要なの。小雨くんの代わりに、高橋っていうゴミを拾ってくれる誰かが、必要なの」


「ゴミ拾いは、いいことだもんな。ボランティーアってやつだな。知ってたか? ボランティアってアクセント後ろにつくらしいぞ」


「ふざけないで。私、本気で喋ってる」


「あ、はい。すいません」


 だが実際、藤田が俺にやたらと絡んでくる理由は謎だ。

 もちろん、俺はあいつの小さな秘密を知っているが、それはべつにあいつが俺に仲良くしてくる大きな理由にはなりえない。

 弓削の言う通り、あまりに友達が少ない俺のことを可哀想に思って、面倒を見てくれているのだろうか。

 もし、そうなのだとしたら、ほんの少しだけ、寂しい気がするな。


「だから、彼女つくってよ」


「そこまで言うなら、手伝えよ」


「は?」


「弓削の理屈だと、俺に彼女ができれば、藤田はもう俺の心配をしなくて済むようになるんだろう? それは言い方を変えれば、藤田のためになる。お前は、自分の彼氏を助けることになるんだ」


「それは……」


 その場の雰囲気で適当に喋ってみると、意外と弓削は何かを考え込むように眉間に皺を寄せる。

 あれ、まじ? 

 誰か女子紹介とかしてくれたりする?


「……一理、あるけど、高橋ほど程度の低い友達がいない。紹介できる子がいないんだけど」


「一人くらいいないのか? ダメ人間の一人や二人、用意しておいてくれないと困るよ。それでも藤田の彼女か?」


「ムカつく。なんでそんなに強気になれるのかほんと不思議」


 しかし、残念ながら俺に紹介できるような属性の女子のストックは持ち合わせていないようだ。

 もっとも、最初から期待なんてしていないから、べつにいいんだけど。


「そもそも、あんたって、人を好きになること、あるの?」


「弓削に言われたくない」


「は? なにが? 私は、本気で小雨くんのこと好きだから」


 さらっと、当たり前のように弓削は藤田への恋心を口にする。

 人を好きになること、あるの、か。

 案外、それは本質でもあるような気がして、即答できない自分自身に俺は驚かない。



「……そういうところは、弓削が素直に羨ましいよ」


「高橋に羨ましがられるの、不快だからやめて」



 嫌そうに自分で自分の肩を抱く弓削を眺めながら、俺はふと考える。


 藤田や弓削を見ていると、俺も彼女が欲しいなと思う。


 でも、それはいったいどうして、そう思うのだろう。


 愛されたいのか?

 愛したいのか?


 俺がいったい何に憧れているのか、俺自身が分かっていない気がしてならなかった。



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