彼女持ちの友達(イケメン)がやたら俺に絡んでくるんだけどなにこれ

谷川人鳥

俺にやたら絡んでくる友達

どしたん? 話聞こか?



「どしたん? 話聞こか?」


 また始まった。

 俺こと、高橋蕗たかはしふきには、親友と言っても過言ではないほど仲の良い友人が一人いる。

 そいつの名前は藤田小雨ふじたこさめ

 高校二年生にして身長180cm超えの恵まれたスタイルに、八頭身超えて九頭身くらいのバランスの良さ。

 顔はよくラテン系のハーフと間違えられるような愛嬌がある王子様チックなイケメンフェイス。

 スポーツ万能で、試験の成績もクラストップとは言わないが平均以上。

 明るくユーモアにも富んだ性格なので学校でも人気者で、いつだって輪の中心にいるような典型的な陽人間だ。

 しかし、この藤田小雨という男には、唯一理解できないというか、不可解な癖のようなものがある。

 それが、これだ。


「……だから何がだよ。話すこととか特にねぇよ。あとその話題の切り出し方、何に影響されたのか知らんけど、なんか胡散臭いからやめた方がいいぞ」


「そうかな? 流行ってるって聞いたんだけど……まあいいや。それで? 今日は学校楽しかった?」


「なんだその質問。クラス一緒なんだから、だいたいわかるだろ」


「それでも、蕗の口から聞きたい」


「どういうポジションで喋ってるんだお前は」


「そりゃ、マイベスフレンっ♪、だよ」


「なんか絶妙に腹立つな」


 放課後の帰り道。

 いつもと同じように藤田は俺に絡んでくる。

 ちなみにこいつの家と俺の家は全くもって別方向だ。

 それにも関わらず、ほぼ毎日、こいつは帰りになると俺の隣に現れる。


「ほれほれ、話してみんしゃい。ぼくが蕗の悩み、全部聞いてあげるよ」


「しいて言うなら、お前が悩みだけどな」


「え!? そ、それってどういう……」


「そりゃお前がいつもいつも、帰りになると俺に絡んでくるから、変な言いがかりが俺にかけられてるんだよ」


「変な言いがかり? どんな?」


「俺がゲイだと思われてる。しかも彼女持ちを狙う。強気なゲイだ」


「あらま」


「あらまじゃないんだよ、あらまじゃ。わかってんのか? お前のせいだぞ」


「まあ、多様性の時代だからね」


「適当に流すな。だから俺には彼女ができないんだぞ」


「それはまた別の理由じゃない?」


「急に核心をつくのやめて」


 藤田小雨はなぜだか知らないが、俺にやたら絡んでくる。

 日中はわりとそうでもないというか、普通なんだが、放課後と休日にほぼ毎回俺に連絡を入れて、隙あらば一緒にいようとする。

 そのせいで、なぜか俺は藤田小雨の小判鮫というか、軽いストーカーキャラにされてしまっているのだ。

 実に不服だ。

 とても不服だ。

 しかし俺のような平平凡々没個性の陰の者が、どちらかといえば藤田が俺に付き纏っていると言っても、誰も信じてはくれない。


「まあ、それはもう慣れたからいいとして、お前の彼女くらいはなんとかしてくれよな。あいつだけ、敵意がガチなんだよ」


「彼女? 誰だっけ?」


「おいおい正気か? 弓削三智花ゆげみちかだよ。え? なに? お前の彼女って他にいないよな?」


「ああ、そういえばそんな名前だったね。ごめん、ぼく、蕗一筋だから」


「ほんとやめてそういうの。彼女持ちイケメンがぼっちを弄ぶな」


「えー? 本気なのになぁ」


「お前、やっぱりわざと俺をそういう方向に仕立て上げてるだろ」


「冗談だよ。蕗が女の子大好きなのは知ってるよ。この女体好きめ」


「それはそれでなんか言い方の語弊がすごい」


 相変わらずふざけたやつだ。

 だが、こいつ自身はいい奴というか、普通に一緒にいて楽しいから、俺は仲の良い友人として接している。

 それに本人がバランスをとっているのか、学校にいる間はここまでべったりというわけではないので、実際俺のストーカーゲイキャラも半分はネタみたいな扱いだ。

 もっとも、こいつの彼女だけはガチで俺のことを疎ましく思っているみたいだが。


「……でも蕗も、彼女とか欲しいの?」


「そりゃ欲しいだろ。コツとか教えろよ」


「やっぱ、欲しいんだ。ふーん」


「ふーんってなんだ。彼女持ちは本当にムカつくぜ」


 自分自身はしっかり可愛い彼女をつくっておいて、どうしてか恋愛の話題になると藤田は遠い目をすることが多い。

 若干沈んだ雰囲気。

 こいつはこいつで、悩みがあるのかもしれない。


「どしたん? 話聞こか?」


「……たしかにそれ、なんかキモいかも」


「おいおい、俺はさっきキモいとまでは言わなかったぞ」


「ふふっ。冗談だよ。ありがと、蕗。やっぱり蕗は、優しいね」


 くしゃっと、整った顔を笑わせる藤田に、俺は迂闊にも一瞬どきっとしてしまう。

 危ねぇ危ねぇ。

 これだからイケメンは危険なんだ。

 俺を武士の嗜みの道に誘うのはやめて欲しい。

 

「まったく、ずるい奴だよ、お前は」


「なにそれ。こっちの台詞なんだけど」


 俺のいったいどこがずるいのか。

 何一つ勝てない弱者の俺は、武力行使で藤田の肩を軽く小突く。


「きゃっ!? なんだよ! 急に触るな!」


「乙女か。どっちかっていうとお前の方がその気があるんじゃないか?」


「……うるさい」


 ふにっと、した感触。

 意外にこいつ、筋肉ないんだな。


 あー、それにしても、俺も彼女欲しいな。




——————




「ただいまー」


 自宅に帰ってくると、もうすっかり夜になっていた。

 玄関には“藤田小雨”と書いてあるエナメルバッグがどかっと置きっぱなしで、ぼくは大きな溜め息を吐く。

 すぐに片付けろっていつも言ってるのに。



「おー、おかえり。遅かったな、デートは楽しかったか?」



 そしてリビングに入ると、なぜか上裸でアイスバーを咥えるスタイル良い青年がニヤニヤとこっちを見てくる。

 ほどよく鍛えられた筋肉を見せびらかしているようで、ちょっと鬱陶しい。


「はいはい。そういうのいいから、玄関のバッグかたしてよ。邪魔だから」


「つれねぇな。こんなに協力してやってんのに」


「それはそれ。これはこれ。ぼくがいなかったら、“小雨こさめ”、今の高校に入学もできてないでしょ」


「お! 痛いところをつくねぇ、先生!」


 藤田小雨。

 そうご丁寧に名前の書かれたエナメルバッグをぼくは、“兄”の小雨に投げつける。

 アイスを食べながら器用にキャッチした小雨は、そのままソファから腰をあげる。


「“小雪こゆき”は先に風呂入るか?」


「ううん。先、譲る」


「さんきゅー。じゃあ、お言葉に甘えて」


 洗面室に消えていく兄を見送った後、借りた制服から部屋着に着替えるために、一旦自室にあがることにする。

 

 あ、その前に、蕗にラインしなきゃ。


 小雨のスマホはリビングテーブルに置きっぱなしだったので、ぼくはそれを手に取り、フェイスロックを解除する。

 ぼくこと藤田小雪ふじたこゆきと兄の小雨は性別こそ違うが、一卵性双生児ということもあって、顔がかなり似ているのでスマホの顔認証は互いに解除できる。

 だからぼくの方は必ずパスコードが必要な設定にしているのだけど、兄の小雨はぼくと違って雑な性格なのでこの辺はあまり気にしていないらしい。

 ちなみにぼくらみたいな性別の違う一卵性双生児は、準一卵性双生児と呼ばれ、けっこう世界的にも珍しいみたいだ。


《家についたよ!》


 ぼくがメッセージを飛ばせば、すぐに既読がつく。

 

《ご無事でなにより》


 一見そっけないようにで、暖かな言葉。

 うわぁ。

 こんな短いやり取りなのに、めっちゃ嬉しい。



 やっぱりぼく、蕗のこと、好きなんだなぁ。



 いつかこの藤田小雨のアカウントじゃなくて、藤田小雪のアカウントで連絡を取る日が、来て欲しいと心の底からそう思う。




 

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