第45話 VS バーサーカー忍者 ~ 決意

 自分の思い上がりに気が付いたのは、戦闘開始から、数分後のことだった。


     *


 現在、工場内にて、委員長の色恋の術(暴走・範囲効果)にかかった夜凪組の面々と戦闘中。

 遠くには、ふっとばされた弥一郎が、気を失って倒れている。色恋状態になった夜凪組の忍者たちが、バーサク状態になり、筋力ステータスが大幅に増加しためである。


 異世界ならば、戦士系は、筋力をアップできる。狂戦士(バーサーカー)ならば、筋力アップスキルは、戦闘状態になると、最上位効果のものがオートでかかる。その分、知能指数が下がるので、攻撃は単調になるが……。


 勇者は、オンオフ自由の身体強化スキルを、全ジョブ分、同時発動可能だ。

 つまり、バーサーカーと同等の筋力ステータスアップは当然のこととして、それ以外にも、忍者やアサシン、ローグなどのシーフ系スキルである敏捷性アップ、騎士やクルセイダー、ガーディアンが持つ生命力アップスキルなど、常時強化スキルはすべて習得可能。

 それどころか、同時発動ができないはずの強化スキルを同時使用可能。まさしくチートと呼ばれるジョブ〈勇者〉の優位性は十分ある――はずだった。

 

 だが、俺は一つ、ミスを犯していた。

 思い違いというやつだ。

 自分がまだ、異世界の勇者だと思い込んでいるのかもしれない。

 もしくはここが地球であることを、すっかり忘れていた。いや、逆で、地球に帰ってきて、平和ボケをしていたのかもしれない。


 どちらにせよ、大変なことになった。

 

「コナイデエエエエエ」


 ゴリラ忍者が腕を横暴に振り、俺を弾き飛ばそうとする。


「ぐっ」


 俺はそれを体の前でクロスさせた腕で受け止める。

 ダメージはないが、肺から空気が漏れた。


「ミナイデエエエエ」


 地面に着地したところに、背後から猿のような忍者が、うつろな目で蹴りをいれてくる。


「いい加減、黙れっ!」


 俺はイライラしながら、猿の足を手で受け止め、掴む。それからボールを投げるように壁に叩きつけようとして――思いとどまり、宙に放った。子供にゆるやかにボールを投げ返すみたいに。

 

 すると背後から近づいていた、ゴリラ忍者が大ぶりのパンチを繰り出してくる。

 俺は、攻撃の軌道を変えるために、相手の肘あたりを蹴り上げて、その反動で自らの体を回転させて、距離を取った。


 俺はひとりごちる。


「ちくしょう。めんどくさいぞ、これ……」


 遠くから、委員長の戸惑ったような声が聞こえた。


「あ、あなたなんでそんなに強いのよ!? 本当に何者なの!? 訓練のときなんか、比べ物にならないぐらいじゃない……!」

「いまは、それよりも大事なことがあるんだよ――」


 すでに、周囲の肉の壁は少なくなっており、委員長の顔も見える。

 バニーガールの恰好をして、膝をかかえていた。叫んでいる威勢のよさにそぐわない体勢だ。

 いい加減悟ったが、体を俺に見られたくないのだろう。


「アッチイッテエエエ」


 横から、ヘビみないな顔の忍者が、ベロをだらんと出しながら、うつろな目で、襲い掛かってきた。

 口にするのは、やはり、委員長の思いを代弁するような言葉ばかりだった。

 他の奴らも、みんなそうだ。

 委員長が体育座りで、体を隠すことからも、色恋の術が暴発した瞬間の思いが、命令となって、夜凪組を洗脳し、動かしているのだろう。


「っと、あぶない……!」


 俺は、相手の肩と服、そしてズボンのベルトをもって、振り回し、反対側に放り投げる。壁に叩きつけるのではなく、ぬいぐるみを優しく放り投げるように。腰をうまくつかって、ふんわりと。


 委員長が、興奮気味に頬を赤くしている。


「すごい……反応速度も、動きも、腰の使い方もパワフル……とくに腰がすごい……わたしも、技、かけてみてほしい……」


 プロレス技をかけてほしいプロレスファンみたいなことを言っているが、今は、別のことを考えてほしかった。

 そういや、委員長は訓練のときも、やたらと技をかけてもらいたがっていたな……なにか変な趣味でもあるんだろうか……?


 まあ、いい。

 今は、別のこと……。


「委員長! 俺に体を見られたくないんだな!? 今もそうなのか!?」


 委員長はビクンとしたあと、恥ずかしそうに、両手の人差し指をツンツンとしている。


「……っ!? そ、そうでもないけど……キミが見たいっていうなら、もう、こうなった以上、いいかなって……」

「見ていいんだな! 俺が、見ても、恥ずかしくないな!?」

「ちょっと恥ずかしい///」

「ふざけてる場合か」

「ふざけてないんですけど!? じゃあ、見る!? あんたにむかって股を開くぐらい、もう、失うもんのないわたしにとっては楽勝よ――あ、開くっていうのは、ポーズっていう意味であって、そ、その、あっちの意味じゃ……」


 どうしようもないへっぽこ忍者に最終確認を行う。


「なら、その気持ちを抱いたまま、色恋の術の命令を上書きできないか!?」


 洗脳されている忍者たちの攻撃を素早く避けて、やさしくやり返す。とはいえ、夜凪組の面々は、ダメージを受け流す頭はないのか、そのまま肉体へのダメージを許容している。

 はやいところ、洗脳を解きたいのだが……。


 委員長は、俺の希望なんか知らないみたいに、ふるふると力なく首をふった。


「それは無理……もう、丹田から力がでてこないの……」

「くそっ……じゃあ、もうアレしかないのか……できるのか? 地球で……」


 夜凪組の忍者たちは、ただただ、暴発した色恋の術にしたがい、俺という存在を、委員長へ近づけないようにしているだけだ。それが、委員長の希望だから。

 できれば、それを上書きしてもらいたかったが、無理だという。


 はたから見ていれば、お気づきかもしれないが、俺は、追い詰められていた。

 ダメージはない。

 攻撃を食らってもいない。

 なにかを仕掛けられているわけでもない。

 相手は、ただ、愚直に攻撃を続けるだけ。俺を委員長から遠ざけるのみ――永遠に、だ。


 そう。

 さっきから、倒しても倒しても、こいつらは起き上がってきた。

 

 通常の人間ならば、弥一郎のように気絶して、止まる。

 しかし、洗脳された夜凪組の面々は、自分たちの意志とは関係なく、肉体を酷使し、立ち上がるのだ。


 地球に戻ってきてから、人外と呼べるような存在と対峙していなかった。

 だから――、


「気が付かなかった俺のせいだしな……」


 正直なところ、異世界なら『命を奪えばよい』という判断になる戦いだった。

 動きを止めるなら、殺せばいい。実に簡単な話だった。

 それが、どうしたことだろう。

 地球では、犯罪になってしまう。俺はもちろんそれを選択するつもりはない。


 だが、敵も止まらないのだ。

 いつまでも、相手は起き上がってくる。

 命を奪わないかぎり、延々と、ゾンビアタックを続けてくるのだ。


 座っていたはずの委員長は、胸をおさえながら中腰になって、こちらに言葉を届けようと、位置を変えている。もちろんそれに従うように、バーサーカー忍者たちも移動する。


「景山君、大丈夫!? 動き悪くなってない!? 腰の動きは絶対に、にぶくなってる!」


 腰の動き以外に見るところないんだろうか……。


 俺は頭をかきむしりながら、「ああ、くそ!」と怒鳴る。


「委員長! こいつら、命を奪わないと、止まらないぞ! なんて術をかけたんだ、お前は天才だ!」


 最悪なほうの天才。


「天才……? わたしが……? え、うそ、ちょっと誇らしい……」

「誇るな! 恥じろ!」

「褒めないで!」

「褒めてねえよ……」

「でも、景山君! まさか、殺すなんてこと、しないわよね……? いくら、最悪な男たちでも……」


 委員長の言葉は、尻つぼみとなった。

 なぜなら、周囲にたつバーサーカー忍者たちを改めて見たからだ。

 だんだんと、ダメージを受けている。腕が折れているような奴もいた。なるべく優しく反撃をしているが、それでもダメージを与えないというわけにもいかない。


「俺は、地球では、誰かの命を奪うつもりはない……!」

「でも、この人たち、まさか、死ぬまで動くの……!?」

「委員長が真っ裸で駅のホームを走り抜けるぐらいの気持ちで、色恋の術を掛け直さない限りは、無理だろうな!」

「そ、そんなことするわけないでしょ!?」

「わかってるよ! だから、こいつらが、愚直に委員長を守る肉壁になっちまったんだよ――」


「――カエッテヨオオオオ」


 何度もとびかかってくる猿忍者の腹を殴り、気絶させる――ことはできなかった。胃液をたらしながら、忍者は、俺と一定の距離をとり、再びとびかかろうとしてくる。


 俺は、天を仰ぐ。

 次に、とびかかってきたネコみたいな顔の男を、裏拳で弾き飛ばす。

 ちょっと力加減を間違えたかもしれないが、もういい。付き合っていたら、日が暮れえれるか、相手の体が壊れてしまうかのどちらかだ。


 きりがない。

 さきほどから、解決策が一つしかないことに気が付いていた。


「かくなる上は、最終手段の魔法か――」


 委員長が叫ぶ。


「きゃあ! ちょっと近いわよ! な、なんか臭い! あっちいって! か、顔にそんなのつけるなあ!」


 委員長はふたたび、うつろな目のバーサーカーたちに囲まれている。

 地味に、時間がない。


「――発動できるのか……? でも、やるしかない。」


 委員長が叫ぶ。


「ちょ、っと! まって! まって! それは完全にアウトでしょ!? 近づけるもんじゃ――もごぉ!?」


 シリアスに考えているのに、もう、すっごいうるさい……。

 

 それでも、俺は目をつむる。

 集中し、異世界では呼吸をするかのように使用していた、魔法群を思い浮かべる。


 ステータス画面は出てこないが、イメージ上に、使用したい魔法が現れた――気がする。

 これで前回は、ファイアが出せた。ライターのような火だったが、それでも出たのだ。


 やってやれないことはない……のか?


 俺は小さく口を動かし、言葉を紡いだ。

 よかった。まだ覚えていた。あのテンションのおかしい女に教わった魔法は、こちらの世界の俺の脳にも、きちんと刻まれていた。


 発動させるのは、異世界における、ハイテンション聖女直伝の魔法――七小節にて完成する魔法〈ディスペル(解呪)〉だった。










〇あとがきのような現状報告


 色々あって、元気がなくなりました……涙

 

 話は変わりますが、次か、次の次で、章が終わります。

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