第3話 我慢できなかったし、伊達メガネも割れた

『お兄ちゃん、本当にだいじょうぶ? サキ、一緒についていこうか?』と、やけに心配してくる咲をなんとか説得して、高校までの道のりを一人で歩く。


 電車を使い、数駅先まで。

 実際には約一週間ぶりなのだが、記憶では4年ぶりの登校である。それでも迷うことなく高校近くまで来ることができたのは我ながら素晴らしい。


 高校近くまで来ると、生徒の数はぐっと増えた。

 見慣れていたはずの光景が、実に懐かしく感じる。

 度の入っていない眼鏡を装着し、見た目もきちんと固めてきたし、今日からまた、以前と変わらぬ高校生活が始まるのだ。


 それにしても日本って平和だったんだなぁ。


 わかってはいたけど、ここまでとは思わなかった。

 異世界だと、そこら中に魔物が居たし、子供が遠出をするには護衛は必須だった。

 ましてや、ミニスカートの女子高生たちなんて、身売りを専門にしている盗賊に一瞬で攫われてしまう。向こうの世界だと、殺人だの拷問だの、当たり前の文化だったから。


 ん?

 なんかピリピリするな。

 スキルのせいで、悪意なんかを感じると、違和感を覚える。ただこの程度なら、俺に対する悪意ではない。自分に向けられていると、もっとずっとヒリヒリするし。


 道の先で、複数の生徒が足早に通り過ぎていくスポットがあった。

 複数の男子生徒が話し合っている……。


「ぎゃははは! うわー!」

「まじかよ! きもちわりい! ちょっとゲロ吐いたぞこいつ!」

「おら。泣いてねえで、金だせや。もってんだろ? お前んち金持ちって聞いたぞ」

「で、でも」

「でもじゃねーの。俺ら貧乏なんだよ。人助けすんだから、親にでも金もらってこい」


 1年の男子高校生のようだった。

 野生動物みたいに粗暴な雰囲気の三人組が、気弱そうな男子生徒一名を、コンクリの壁を背に追い込んでいた。


 捕食者と餌。

 異世界を引き合いに出さずとも、地球でも嫌というほど見てきた構図。


 男子生徒は震えている。昔の俺みたいだ。暴力の前には、論理は役に立たない。それを一回、身に覚えさせられると、反論なんてできなくなる。

 それにしても……まだ5月だよな?

 学友になって、たかが一か月と少しで、よくもまあ、ここまで他人を見下すことができるものだ。

 

「おい、カバンだせ。財布あんだろ」

「や、やめてください……! お金、ないです……!」

「うるせえな。嘘つくんじゃねえよ」


 周囲の人間は見て見ぬふり。相手は1年なのに、脇を抜ける上級生は、関わらないよう、男子生徒らを無視していた。

 

 俺だって、当然、かかわるべきではないのだろう。

 色々と厄介なことになる。

 なにより自分だって、強者から虐げられている存在じゃないか。


「ああ……誰か……あの……」

「うるせえな! はやくすりゃ終わるんだよ!」

「いたっ」


 暴力を横目で見ながら、見ない振りをし、関係がないふりをもする。

 簡単だ。

 現代における平穏な高校生活は、余計なことには首を突っ込まないということに尽きる。


「お前、女みてえな腕してんな。力いれたら折れんじゃねえの?」

「う、うそでしょ。や、やめてください……!」

「金がないなら、体で払いなってなw」

「腕一本5万でいっとく?」

「や、やだ、やです! やめてください……!」


 だが俺は――残念ながら、効率的に考えられることはできない未熟者だった。


 立ち止まり、まだまだ幼さの残る男子生徒らに声を掛ける。


「なあ、そのあたりでやめておけよ。冗談にしては、笑えないぞ」

「……はぁ?」


 不良どもが振り返る。俺をしっかりと見下す。身長差があるので、俺は見上げる形だ。

 ビリビリ、と肌が痛む。

 ヒリヒリ、ではなく。ビリビリ。

 声を掛けただけの相手に、本気の殺意を向けている。

 こいつら、高校だけにとどまらず、大人になったら犯罪者になる気質の持ち主だぞ……。


 転移前なら、すべての『強者・悪者』は一緒に見えていたが、あちらの世界で理解した。悪者にも、救えるやつと救えないやつがいる。

 そしてこいつらは、救えない奴らだ。


「なあ、あんた誰? なんの権利があって俺に話しかけてんだ?」

「あれ? 二年じゃね? チビすぎて、小学生かと思ったぜ」

「あっちいけよ、うぜーから。殺すぞ」


 囲まれる俺。そばを歩く人間は見ない振り。

 良くも悪くも変わらぬ日々。


 それにしても……すごい面子だ。

 こいつら3人とも全員、終わってる。

 どうにかしないと日本の未来は暗い――と言いたいところだが、ここでは人目が付きすぎるな……。


 俺は目を白黒とさせている、壁際の一年生に声を掛けた。

 たしかに色が白く、四肢が細く、中性的だ。コスプレでもしたら、美人になりそう――ゆえに、餌食になるのだ。柔らかそうな肉は、強欲な獣の好物だから。


 俺は顎を振って、先を示した。


「キミ、とりあえず、学校に行くといい。こっちは、なんとかするから。もちろん先輩としての責務だから、礼は要求しない」

「え、あ、あの、でも……あなたも……」


 声を掛けられたのは嬉しそうだが、複雑そうだ。

 どう見ても『自分側のような先輩』だ。


 ぶっちゃけ――弱そう、って感じだろう。

 あなたもいじめられてる側では――っていう視線だ。


 仕方ないか……。

 異世界だと、武器とか装備とか勇者の証とか、見た目で威圧できるような、ハッタリの役に立つものが沢山あったからなぁ。

 気にしたことなかったけど、地球でもきちんと『装備』を整えないといけないかもしれない。

 つっても、じゃらじゃらとアクセサリーつけるとか、逆にいじめられるのでは……。

 咲にでも聞いてみるか……。


「おい! なに勝手なこと言ってんだ! てめえ、ぶん殴られてえのか!」

「ほら、キミ。いいから、早く行きな。先輩の言うことは聞くもんだぞ」

「は、はい……! あの、ありがとうございます……!」 

「あ、待てこらぁ!! 金置いてけ!!」

「待つのはお前だし、金は自分で稼げ」


 餌食に伸びていく相手の腕を、とっさに掴む。

 こちらの世界で初めてのアクション――思わず力んでしまった。


「なっ――いてえ!?」


 いけない。

 相手の骨から、みしみし、と音が聞こえたかも……。


「は、放しやがれ!」


 思いがけない痛みからだろう。

 腕を掴まれた不良は、反射的に俺の顔をめがけて、空いている手で大ぶりなパンチを繰り出してきた。


 随分と遅いパンチだ。

 いや、そうでもないか。

 何か格闘技をかじっているのかもしれない。体にぶれがなく、大ぶりとはいえ威力は高そうだ。

 問題は俺が、それ以上に強くなってしまったということなんだろう。


「……まあ、俺が悪いし、これが最善か」


 ぽつりと、つぶやく。

 もちろんよけられる。でもしない。

 それから頬に衝撃。

 ガツン、と脳天が揺れた。だがダメージはない。階段で踏み外した程度の違和感だけ。


 よし。

 体重・身長差がだいぶあるので、大げさに吹っ飛んでも大丈夫だろう。

 俺は背後へ飛んだ。


「ワアアアアアアアア、ヤメテエエエエエ」


 叫びながら倒れる。

 棒読みすぎたかもしれないが、周囲の注目は浴びることができた。

 見ない振りをしていた人間でも、違法行為になると、さすがに看過しないものだ。

 ちなみに、上手く眼鏡が吹っ飛ぶように、打撃個所を調整しておいた。

「え? うそ? いま、殴ったの?」

「いくらなんでも、やりすぎじゃない……? 犯罪じゃん」

「あの学生服、高盃学園(こうはいがくえん)のだよな」

「通報しとくか? ばあさん、電話持ってきてくれ」


 学生やら、出勤中のサラリーマンやら、家の窓から顔だした高齢者やらが、俺たちの話題を口にする。


 さっきまで周囲なんてお構いなしだった不良どもも、思わずSNSでバズってしまったように焦り、顔色を変えた。


「お、おい! まずいぞ!」

「なに殴ってんだよ! しかも顔かよ! ばれるだろ!」

「う、うるせえな! 腕が……(折れるかと)――っち! ふざけんな! こんなモヤシ野郎に……! 行くぞ!」


 ドタドタと不良どもが逃げていく。

 高校ではなく、駅方面に。

 学校を休んだ方が、自白しているようなものだというのに。隠したいなら、何気ない顔をして授業に出ていた方はマシだろう。


「……はぁ。やっちまった。けど、まあ、いじめられっ子としては上々な対応だろ」


 起き上がり、制服を払う。

 伊達メガネも割れたけど、もういいや。安物だし。

 ただし、服はどうにもならない。


「あーあ。スラックスが擦れちまったよ……母さんにまた怒られる……まあ黙ってればいいか……」


 いじめられていた時も――いや、現実には一週間ほどしか経ってないから今もいじめられてるのだが――家族にはバレないように色々とやってたしな。

 なんとかなるだろ。


 ふう、と地面に顔を向けて息を吐いた。


 その時――地面にふっと影が落ちた。

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