第2話 猫と話せるんだが……

 事故にあって、4日間昏睡。

 その後、目覚め、2日間の検査を経て、退院したのが昨日。


 現在は自室のベッドの上に寝ころんでいた。


 不思議な感覚だった。

 病み上がりだというのに、体はつらくない。むしろ、活力にあふれており、外を走り回りたい気分だ。


 地球の空気は懐かしい。

 長い夢を見ていたようだ。

 仲間たちと別れるのはとても寂しかったが、それも仕方がないことだと割り切ることもできた。

 4年という歳月は、ただのいじめられっ子だった俺を、理解ある成人へと昇華させた。

 なにせ、たった一日の休息もなく、弱小国召喚の勇者として、魔物たちと戦ってきたのだ。


 部屋のドアがいきなり開いた。

 妹の咲(さき)が顔を出す。


「……お兄ちゃん! ねえ! ごはんだよ!」

「え、ああ、ごめん、今行く」


 高校二年の俺とは四つはなれている、中学一年生。

 ショートカットの似合う活発な少女だが、多少、心配性なところがある。

 四年ぶりの再会の時には、思わず涙が出そうになった。

 やっぱり家族はいいよな、って。


 まあ、そんなことを知らぬ妹は、怒った顔で俺を責め立てるばかりなんだけど。


「何回も呼んだんだから、返事してよ! 死んじゃったかと思って、心配したよ……!」

「さすがに心配しすぎだって……」


 咲は表情を一転させ、泣きそうなほどに眉を下げた。


「もう! 頭をぶつけて四日も目が覚めなかっただけでも、本当に心配したんだからっ――今年のゴールデンウィークは、さいっていの連休だったっ」

「悪かったって」

「来年は、ディスティニーランドつれてってよね!」

「はいはい、年末年始にバイト頑張るよ」

「じゃあご飯ね……! 待ってるからね! もう寝ちゃだめだよっ」

「はいはい」

「待ってるからね! もう寝ないでね!」

「寝ないって。それに絶対にもう、迷惑はかけないから」

「絶対……?」

「ああ、絶対だ。約束は守る」


 力を込めて断言した。

 咲の口は文句を言うように開きかけていたが、止まった。

 

「……なんか、お兄ちゃん、ちょっと変わったね」

「そうか?」

「だって、『僕』じゃなくて『俺』って言ってるし……」

「ああ……なんか、そっちのほうがしっくりきてさ……」


 異世界だとハッタリが必要なところも多かったからな。

 日本語での『僕』が、あちらの世界で何に変化して伝わっていたのかは不明だが、『俺』としたほうが都合が良かった。

 そうそう……異世界ってのは日本語を話せば、すべて通じるのだった。勇者クラスだけに備わる固有スキルらしい。


 咲は俺の目元を指差した。


「あと、眼鏡とか」

「え?」

「眼鏡、つけなくても見えるの……? あんなに目が悪かったのに」

「え、ああ……うん。なんか事故の副作用かな。急に眼がよくなったんだ」

「そんなことあるんだね」

「そんなことあるんだなぁ」


 こっちもスキルのせいなんだけども。

 ちなみに、夜の真っ暗な場所でも月明かりが差し込んでさえいれば、真昼間のような視界を確保することもできる。

 これは勇者固有ではなく、俺独自のスキルだった。


「あと、さ。なんか大人っぽくなった気がする――なんか身長伸びた……?」


 大人という点でいえば、4日だけで精神的には4歳分成長したのだから、当然ともいえた。

 身長はどうだろうな……異世界転移の時に伸びたのが、こっちにも影響してるのだろうか。まだまだ分からないことだらけだ。


 まあ、どうであれ家族を心配させないようにしておかないと。


「俺が成長したっていうより、咲が子供っぽくなったからってのもあったりしてな。入院中、ずっと泣いてたって母さんから聞いたぞ?」

「……? どういうこと……あ! いま、バカにしたのね!? そ、それに、心配したら泣くのは当たり前じゃない! いじわるお兄ちゃんっ」

「してないしてない――さ、着替えてから下に行くから、ドア閉めてくれよ。それともまだ見てるか?」

「……! それこそバカなこといわないでよっ」


 咲の顔が真っ赤に染まる。

 バタン、と勢いよくドアが閉めると、軽い足音が階下へ消えていった。

 スキルのせいで、意識してしまうと、咲が階下のどこにいるのかが手に取るようにわかってしまう。あえてスキルを無効化した。


 俺はベッドのうえで体を伸ばすと、そのまま体を跳ね上げて、床に着地。


 他人からは新体操の選手のような動きに見えるだろう。もしくはカンフーの達人?

 どうにせよ、運動神経最悪で、おどおどとしていて、何も仕返しをしないから、ただただいじめられるだけの人生だった軟弱高校生の動きではない。


「まさか、異世界のステータスを、地球に持ち越せるなんて思わなかったな……」


 そういえば異世界転移時に俺を担当していた青色の髪の女神が言っていたっけ。

『あたし、最低ランクの女神だし、キミが召喚されるのも伝説の武器さえ存在しない弱小国なんだけどさー、それでもボクちゃんが、世界救えたら、結構素晴らしい特典を授けられるよー』

 とか、なんとか。


「一部のスキルは使えないけど……身体強化は有効。マナはなくても、体力を消費すれば俺の体に依存する魔法は使えるっぽいな……」


 つまり、『炎を手からだして地球の法則に干渉することはできない』が、『体内で魔法を構築し、自分の身体能力を変化させることは可能』ってことだ。

イメージ的には『俺の体だけが、異世界とリンクしている』ってところか。あちらの世界でしか通用しない『物理法則』が俺にだけ適用されている、と。


「ただ、コツを掴めば、ライターの火ぐらいは出せるかな……いや、でも、それならライターを使えば済むことだよな」


 現代社会の文明はまじで魔法並みに便利だよ。

 特にスマートフォンなんて、異世界にあったら文明が変わっちまうよ。


 ――キイっと音が鳴る


 ドアが薄く開いたようだ。

 咲がしっかりとしめなかったようで、白猫のケミが顔をねじこむように入室してきた。

 数年前に咲と一緒に拾ってきた捨て猫だ。


 こちらを見て、ニャア――と鳴いているはずなのだが、俺には日本語が聞こえた。


『夕飯ができたよ、って咲がずっと騒いでるにゃあ、早く来るにゃ。ご主人さまはケミのごはんも出す役目にゃ。ケガがなおったんなら、ケミの世話を全力でするにゃあよ』

「……なかなか刺激的な状況だ」


 異世界転生ではお決まりの『日本語でどの言語ともやり取り可能スキル』も、しっかりと持ち帰れているらしい。


「明日から、学校でのふるまいに気を付けないとな……」


 なるべく目立たないようにしなければならない。

 野良猫と話をしている高校生なんて、ますますクラス内で浮いて、いじめの対象になってしまうだろう。


 ……結論から言うと、それは叶わなかったのだけども。

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