150話 喫茶エニシと謎の男 2
喫茶エニシに足を踏み入れたバートの目に映ったのは、噂の人物だろう男性がテオを手伝う姿だ。
何枚も皿を重ね、キッチンへと持って行こうとしたテオから皿を取ると、カウンターへと置いた。おまけに礼を言いに来たアッシャーのエプロンの紐が解けていることに気付くと、結び直してやる男に兄弟は笑顔を返す。
男はというと、なんということもない様子で席へと戻る。
「え、極めて平和な光景なんすけど……話が違うっすね」
「ほらね、ボクの予想通りじゃないか。人は見た目で判断するものだからね。このボクだって凄腕の魔導師には見えやしないだろうし!」
「まぁ、そうなんすけど。……ん?」
バートが男に目を向けると、キッチンに立つ恵真にちらちらと彼は視線を送っている。話しかけたいのに出来ない、そんな印象をバートは受けたのだ。
「……これは違う意味で問題なんじゃないっすかね?」
そう呟いたバートだが、恵真が二人に気付いたようで声をかけてくる。
「あ、バートさん、オリヴィエ君。二人でくるなんてめずらしいですね。どうぞ、お好きな席に座ってください」
「い、いや、ちょっと気が変わったというか、用事を思い出したんで! また次回、出直して来るっす!」
「ねぇ、引っ張らないでくれない!?」
バタバタと騒がしく二人は帰っていく。
恵真もアッシャーたちも、その光景を不思議に思いつつ、見送ったのだった。
*****
バートの話にリリアは不安で泣き崩れる。
ハンカチは既にびしょびしょで、涙を吸い取ることは出来ないだろう。
そんなリリアをナタリアが宥める。
「私がエマさまをお守りします!」
「いや、それなら私やバートの方が適任だ。それに喫茶エニシにはリアムやセドリックも顔を出しているんだ」
「でも、何もしないで見ていることは出来ないわ!」
大通りから外れた川沿いの木陰でバートからの報告を受けて、取り乱したリリアをナタリアが慰める。
危険を考慮し、喫茶エニシに足を運ぶ可能性のある二人にも報告したのだが、逆効果であったかとリアムもバートも顔を見合わせる。
リリアは恵真を敬愛して慕っているのだ。
しかし、問題は恵真が実際にリリアより弱い存在だということだ。オリヴィエの鑑定魔法の結果では、恵真は赤子と同レベルの存在と結果が出た。
アッシャーやテオが恵真を守ると宣言したくらい、恵真は弱いのだ。
今、ここにいる者の中で、そのことを知るのはリアムだけである。
「だが、彼に敵意はないのではないか?」
バートから聞いた情報では、恵真はもちろんアッシャーやテオにも害意などはないように感じられる。
「いや、でもそれはそのトーノ様を……」
「トーノ様を? なんだ言え、バート」
「そうです! 他でもないエマさまのことですよ?」
もにょもにょと話しにくそうに言葉を選ぶバートに、リアムとリリアが厳しい表情になる。
だが、バートとしても話しにくい。
それは男の視線や印象に、なんとなく感じられたものなのだ。
「確証がないんすよ!」
「確かに先入観は目を曇らす。だが共有できる情報はするべきだ」
リアムの言葉ももっともだと、少し下を向いたバートは思い切って自身の推測を口にする。
「トーノさまに気があるんじゃないっすかね?」
「は?」
「……はあぁ!?」
リアムは驚くが、リリアは涙も引いてなぜか怒っている。
なぜ、自分がそんな視線を向けられるのだと抗議したいバートだが、リリアの剣幕に余計なことは言わない方が良いだろうと瞬時に判断する。
「それで、トーノさまはそのことに気付いているのか?」
「いえ、なんか暢気に菓子を焼いていたっすね!」
「あぁ、そういえばそのようなことをおっしゃっていたな」
以前、菓子作りの熱が再燃したと語っていた恵真をリアムは思い出す。
料理のこととなると、恵真は夢中になってしまうのだ。
おまけに人がいい彼女のことだ。客を疑うようなことはないだろう。
何より、喫茶エニシのドアを通れ、魔獣であるクロも何もしていない。
恵真に好意を持つだけならば、それをとめる権利はないのだ。
「しかし、そうであったとしても、我々がそれに介入することは――」
「乗り込みましょう! 今から皆で!」
だが、激昂するリリアは耳を貸さない。
血気盛んな少女をどう止めようかとリアムとバートが目を合わせる中、 ナタリアがリリアに声をかける。
「だが、この大人数で行けば喫茶エニシの営業に差し支えるだろう。リリアには自分の店の仕事もあるはずだしな」
「そ、それはそうだけど……」
「ナタリアの言う通りだ。我々、三人で行くから問題ないだろう」
父ポールに無理を言って、仕事を抜け出してきたリリアは冷静さを取り戻す。
リアムの言葉に頷くと、ナタリアの手をがしっと握った。
「絶対に! 何があっても、その男をエマさまに近付けちゃダメよ!」
「……あ、あぁ、もちろんだ。なぁ、バート」
「え!? えっとそうっすね! ど、努力するっす」
まだ少女であるはずのリリアの気迫に、ナタリアもバートも狼狽える。
それなりに武に秀でているはずの彼らがこれで大丈夫なのかと思うリアムだが、まだ喫茶エニシで男が何かをしたわけでもないのだ。
状況を実際に把握する必要があるだろう。
こうして、リリアを除く三人で再び喫茶エニシへと足を運ぶこととなったのだ。
*****
ナタリアは一旦、リリアを店に送ってから喫茶エニシへと向かうこととなった。
喫茶エニシへと足を踏み入れたリアムとバートの目に飛び込んできたのは大柄な男だ。リアムの目にはその男が手練れであることが一目でわかる。
身のこなしや何気ない視線の動きからでも、わかることがあるのだ。
当然、それは向こうも同じことで、リアムに男も目を向ける。
しかし、男に敵意や害意がないのは確かなようで、目が合った二人はお互いにそれを悟る。
そこで気になるのは、男が喫茶エニシに訪れる理由だ。
リアムは注文を取りに来たアッシャーとテオに何気ない様子で尋ねる。
「あの客は、最近よく来るのか?」
「フォルゴレさん? うん、怖く見えるけど優しいんだよ」
「……そうか」
「そうっすかー。じゃあ、トーノさまにはどうっすかね?」
「エマさんに?」
単刀直入過ぎるバートの言葉に、リアムは表情に出さないまま、靴で彼の靴をつつく。バートの問いにアッシャーもテオも素直に答える。
「優しいよ。あとクロさまにも優しいんだ」
「クロさまにっすか?」
視線を向けると、男は時折クロを見ている。
おそらく、魔獣であるクロの強さを測っているのだろう。
しかし、クロの方は気にした様子もなく大きくあくびをする。
魔獣であるクロにとってはどんなに手練れであっても、所詮は人間に過ぎないのだ。
だが、一方で男はキッチンにいる恵真にも度々視線を送っている。
「ね、トーノさまのことを見過ぎっすよね?」
「……確かにそうだな。敵意はなくとも何か探りに来たのか……」
「いや、トーノさまに気があるんっすって!」
「それはお前の推測に過ぎんだろう」
「リアムさんのそれも希望的観測に過ぎないっす!」
小声ではあるが、二人の言い合いはめずらしい。
きょとんとした表情で見つめるアッシャーとテオは、今ここで最も重要なことを二人に尋ねた。
「で、ご注文はなんですか?」
「……紅茶を頼む」
「アイスティー、ハチミツ入りで!」
こくりと頷いたアッシャーとテオは、お客さんであるリアムとバートに丁重に礼をするのだった。
キッチンにいる恵真や棚の上で寛ぐクロに視線を送る以外、フォルゴレという男に不審な様子はない。
大柄で表情が険しいだけで、喫茶エニシの面々にも穏やかに接してくれているならば、何の問題もない。
しかし、何やらリアムの心にはもやもやとした割り切れない思いがある。
そんな思いはバートも同じようで、不服そうな表情を浮かべていた。
「すまない。遅れてしまったな」
「あ、ナタリアさん。いらっしゃい! お二人とも先に来ていますよ」
リリアを送り届けたナタリアが店に着いたようで、恵真が声をかける。
リアムたちの元へ歩みを進めたナタリアだが、見覚えのある男に気付き、足を止めた。
「――師匠?」
「ん? ナタリアか。久しいな、この街にいたのか」
ナタリアが声をかけたのは不審な謎の男、フォルゴレである。
笑顔で彼に握手を求めに行ったナタリアの背中をリアムとバートは見送る。
「……師匠?」
「え、ナタリアの知り合いなんすか!?」
驚くリアムとバートだが、久しぶりに再会したナタリアとフォルゴレも、偶然の出会いに驚いたように話し込む。
予想外の出来事に、ナタリアに事情を聞かねばと思う二人なのだった。
*****
あとがき
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
ご感想や応援、フォローや☆、コメントなど、皆さんから頂くアクションは書いていく励みとなっております。
近況報告でもご報告しておりましたが、来月以降、週2更新から週1更新となります。
今後も更新は続けて参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
皆さまに楽しんで頂けるよう、努めて参ります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます