第31話「絶対命令」

 二人でギルドの外に出ると、相変わらず蝶と鱗粉に溢れていた。あらかじめ魔法で膜を作っているから平気だが、凄い量だ。


「……どう? 王女様に慕われる気持ちは?」

「あー、まあ。気持ちは嬉しいかな、うん」


 こんなことにならなければ、もうちょっと素直に喜べたかもしれない。それにしても、サンディは余程ミアとロルフが一緒だったのが気に入らなかったのか。目覚めてからずっとミアに対して刺々しい。

 うーん、さすがに自覚がなかったとはいえ悪いことしたな。あとでちゃんとカバーしないと。


「で、サンディ。ミアはどこにいるんだ?」

「蝶を見れば分かるわよ。王女様は寂しがり屋みたいね」


 サンディと同様に頭上に舞っている蝶を見る。鮮やかに飛んでいる紫色の蝶は、昼間に関わらず存在感を高らかに主張していた。もはや何羽いるのか分からない。それが空に川を作っている。よく見れば、どこかに向かっている。


「……教会か?」

「正解。どうもこの蝶たちは教会に向かっているみたい」


 また、あそこか。あまりいい思い出はないんだけどな。

 ギルドと教会はそう離れていない。レイラの炎狼の時を思い出す。こんな風に走ってたな。そういえば、蝶が飛んでいた。数は少ないし、誰も認識しているようには見えなかったけど。

 空を川のように流れる蝶を追って、数分。目的地である教会にはすぐに着いた。


「おー、これはすごいな」

「あれね」


 蝶は一か所にぐるぐると渦巻いていた。

 教会の建物からは、一つの塔が上へ伸びている。そこは時刻を知らせる鐘が設置されてる所だ。通常であれば、ロルフたちのいる場所からでも鐘があるはずなのだが――今は渦巻く蝶に隠れてまったく見えなかった。


「確かに寂しがり屋だな……」

「いや、想像の倍だわ……」


 きっと、ミアがあそこにいるのだろう。明らかに蝶が多い。

 二人は揃って教会正面の両扉を開いた。木製でありながら重々しく感じるその扉が、音を立てながらロルフたちを出迎える。

 教会内部は外は異なり、視覚的な意味で静かだった。もっともまったく蝶がいないわけではない。数が少ないというだけだ。本当にどこまで行っても目にする。

 高い天井と沢山並んでいる長椅子。ロルフたちが入ってきた扉から伸びているレッドカーペットの先、きっと牧師が教えを説くのだろう壇上があった。

 さらにその上を見れば、ステンドガラスが微かに漏れている日光に照らされ、淡い光を中に差し込ませていた。美しい蝶が舞う、静かなる荘厳な教会。通常なら感慨深くその景色に浸るのかもしれない。


「私、しばらく蝶は見たくないわ」

「はは、それは俺も同感だ」


 もう一生分の蝶を見た気がする。しかし、今は道標でもある。数こそ少ないが、確実に鐘のある方へ向かっていた。

 二人は蝶に導かれて、壇上の奥にある開きっ放しの扉に向かう。蝶はそこに吸い込まれていた。二人の足音だけが教会内に響く。


「それで、作戦はなにかあるの? ロルフ」

「あー、……俺がミアと話して、王冠を見せる。で、命令をする。幻覚をなくせと。以上……、だな」

「命令が失敗したら?」

「もう一回、サンディに目を覚ましてもらうしかない。もしくは俺を殺してもらう」


 作戦はあってないようなものだ。つまるところ、サンディの王冠を見せればいいのだ。

 ただ、ミアもそのことは分かっているはずだから、サンディをあまり好きでなかったのだろう。なにしろ油断すれば自分の幻覚が解けてしまうのだから。


「嫌よ、そんな面倒なことは……。ちゃんと隙、つくりなさいよ」

「……もちろん」


 サンディに背中を勢いよく叩かれる。シャキッと気合が入るのと同時に、ヒリヒリとした痛みがサンディの応援の様に感じられた。



 教会の最上部。螺旋階段の先に鐘は吊るされている。そこは小さな展望台にもなっていた。蝶に囲まれていなければ、街が一望できただろう。

 意外なことに、内部には数羽の蝶が飛んでいるだけだった。鱗粉も飛んでいない。

 そこにミアはいた。

 白い寝間着姿のままだ。背中を丸め、うずくまっている。折角の綺麗な銀髪が無粋な石畳に垂れてしまい、もったいない。

 ロルフは彼女の姿を認めるなり、このままでは風邪を引いてしまうなと真っ先に思ってしまった。まだ執事気分が抜けていなかったようだ。ロルフはそんな自分に苦笑してしまう。

 ミアは蝶を通して見ていたはずなので、こっちには気付いているはずだった。そうじゃないと説明のつかないことが多い。

 螺旋階段の出口からロルフは体を出した。

 ミアから少し離れた場所で声を掛ける。なるべく優しく。


「王女様?」

「ミアって呼んで」

「……ミア?」

「ねえ、王冠はどこに行ったの?」

「王冠? なんのこと――」

「ふざけないでっ! サンディが王冠だってことくらい、私は知ってるのっ!」


 ミアは勢いよく立ち上がり、ロルフを睨んだ。その瞳は涙で濡れ、両手がぎゅっと寝間着を掴んでいる。

 ……いきなり怒らしてしまった。さて、どうしよう。

 それにしても、王冠のことはバレてしまっているのか。


「そこにいるんでしょ、出てきたらどう?」

「……どうもー」


 サンディはロルフが上ってきた螺旋階段から出てくる。途端に彼女の頭上が蝶で埋まった。王冠が見えなくなる。

 蝶の王冠がそこに出来上がった。


「あなたの王冠は使わせないわよ」

「……ふーん。どうするの、ロルフ」

「ねえ」


 なにか言う前に、ミアが口を開く。いつもの人形が無い。彼女はどこか寂しげだった。


「ロルフは私の執事でしょ。……違うの?」

「今さらなにを……」


 ミアは少しずつ近付いてくる。

 不審な様子のミアに、サンディが声を荒げた。


「ロルフっ!」

「大丈夫だ、心配するな」


 ミアは、確かに大規模な幻覚洗脳を発生させられる。しかし、それは蝶と鱗粉のおかげのはず。そうで無ければ平均的な学生と変わらない。それに、殺されたところでロルフは死なないのだ。


「ねえ、ロルフ?」


 彼女はロルフを正面から抱き締めてきた。


「ミア。執事はもう終わりにしよう、なっ?」

「……そう、分かった」


 ロルフはほっと安心する。

 正直、これだけでミアが幻覚洗脳を解いてくれるとは思わなかったからだ。自分が思ってたよりも、ただのお気楽な遊びだったのか。

 自分自身の自惚れを反省しながら、そっと彼女を抱き締め返した時だった――


「認めるわけない」


 冷たい声がミアから聞こえてきた。彼女の髪から紫色に光り輝く蝶が、なんの前触れもなく出てくる。同時に鱗粉がぶわっと大量に広がった。


「ごほっ、ごほっ、ミ、ミアっ?」

「ロルフは私の執事。そうじゃなきゃヤダ。……この先には行かせない」


 咳き込むのが止まらない。鱗粉に目が眩む。


「ロルフっ、大丈夫なのっ?」

「サンディ、近付いたらルーシーやレイラがどうなるか知らないわよ」

「くっ……!」


 声だけは聞こえていた。サンディが心配してくれている。なんの問題もないというのに。

 ミアがロルフの頬を両手で包む。ひんやりとした手が気持ちいい。


「さあ、ロルフ。あなたは私の、私だけの執事よね」

「……ええ、ミア。俺はあなただけの執事だ」

「ちょっ、冗談でしょうっ! ロルフっ!」


 サンディが叫ぶ中、ロルフはミアを抱き締める。決して逃れないように。


「うれしい、ロルフ」


 彼女の視線の先には、きっとサンディが見えるだろう。そして、王冠も。


「あ……」

「王女様、そのまま固まって」


 サンディが先ほどよりも落ち着いた声になっている。彼女も中々の役者だ。咄嗟に合図して正解だった。

 ここに来る前、王冠を出すタイミングは決めていたのだ。シンプルに手をグーに握る。それだけの合図。

 ミアを抱き締める直前に合図して正解だった。

 サンディの王冠には条件がある。

 魔法で出来た王冠を視認すること、サンディの声で命令が成立すること。

 この二つの条件は必須。だが、王冠は出現位置を・・・・・・・・コントロールできる・・・・・・・・・。決してサンディの頭上にしか出せないわけではない。彼女と初めて戦った時、それに苦労したものだ。結局、ロルフがまったく死なないのでサンディが最終的に疲労して終わったが。

 蝶に覆われている王冠を消して、別の場所に出現させることなどサンディにとっては、わけないのだ。


「ミア、終わりだ」

「ミア王女。この私、サンディが命じます。この国を覆う幻覚洗脳を解いて、眠れ」

「うそ、つき……」


 サンディの命令通り幻覚洗脳を解いたのか、彼女の体から力が抜けていく。ロルフは倒れないように支え、お姫様抱っこをした。

 ミアはロルフの腕の中で眠っている。その顔はまだ幼気で、とても自分たちを騙していたとは思えなかった。

 しかし、現実は違う。

 教会の鐘がある、この展望台。周囲を囲んでいた、ミアの魔法が作り出した蝶たち。それがキラキラと消えていく。紫色の輝きだけを残し、跡形もなく。


「ねえ、抱き付かれる必要あった?」


 こちらに近付きながら、そう訊いてくるサンディの視線は冷たい。他に方法が思いつかなかったのだからしょうがない。


「しょうがないだろ、下手に動かれるとミアの視線が固定できない」

「はあ……。まあいいわ。……それにしても、あなたの演技も中々よね。私まで騙されそうになった。合図がなければ、本当にまた引っ掛かったのかと思った」

「そういうサンディだって結構迫真だったぞ」

「あれは、まあ、そうね」


 え? 演技じゃなかったらそれはそれで怖いんだが。ロルフは自分が思っていたより綱渡りだったことを知った。

 サンディの命令により、ミア――王女様の魔法は無事に解かれているようだった。その証拠に、展望台にいた蝶はいなくなり、街が良く見えるようになっている。


「……ロルフ、一応忠告するけど、その娘は例え子供でも女だからね。これからも油断しないでよ。大変だったんだから」

「え? 分かってるよ、もちろん」

「本当ー?」


 彼女は疑わし気な瞳を隠しもしなかった。腕を組みながらより近付いてくる。


「まあ、それはそれとして……、ロルフ。私、相当我慢していたと思うんだよね、違う?」

「そうだな」

「だからね。私は今、あなたの愛情を疑っているの」


 よく分からない論理をサンディが言う。


「……そうなのか」

「そうなの。で、どうするの。ロルフ」


 ミアを抱えたロルフの横にサンディが並ぶ。挑戦的な目がロルフを覗き込んでいた。サンディも素直じゃない。そんな回りくどいことしなくても、言ってくれればいつでもあらゆる方法で示すというのに。


「……そのままじっとしててくれ」


 ロルフはミアを抱えたままサンディとキスをしようとした。こうなれば分かるまでしてやろう、そう思って。

 サンディもロルフの肩を掴んで、照れた顔を近付けてくる。しかし、あと少しという所で、二人の間に一羽の蝶が飛んできた。もう、消えているはずなのに。


「……お」

「……ん」


 思わず顔が離れる。

 その蝶はしばらく二人の間を飛んでいた。かと思えば、目的を果たしたと言わんばかりに、キラキラと紫色の輝きだけになって消えていった。

 残ったのは、ロルフとサンディの間の気まずい無言だけだ。


「……ほらね、私の言った通りじゃない」


 サンディの呟きに、ロルフは苦笑いをして誤魔化すしか無かった。


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