第30話「記憶の回廊(3)」
帰りにも行きと同じ執事が出迎えた。胡散臭い笑顔だが、これも仕事上しょうがない。
大本命である王との謁見が終わったからか、ルーシーたちの緊張は無くなってしまったようだ。彼女たちにとっては慣れたくもない経験に違いない。もう終わったとばかりに、口々に話し出す。
「ロルフー、お腹空いたー。今日のご飯何ー?」
「んー? あー、近場の店で済ませようかと思ってたんだが……」
「えー、ロルフの料理がいいー」
ルーシーが子供のようなわがままを言い始める。顔は明らかに不満を示していた。
「ねえ、あなたの料理じゃないの、ロルフ」
「そうです、私もロルフくんの料理がいいです」
「まあそれでもいいが……」
ロルフとしては、自分の料理が求められるのは単純に嬉しい。しかし、そうなると買い物しないとな……。そう頭の中で今後の予定の算段をつけ始めた時だった。
王城のちょうど中央あたり。案内人含め、ロルフたち五人が歩いている正面横には中庭があった。人工物ばかりの王城内に忽然と現れる自然は、それだけで癒しになる。だが、そこに今は見たくない人物がいた。
ちょうどロルフたちの行く先を遮る形で、彼女はいる。
煌びやかな銀髪に真っ白なドレス。まるで妖精のような彼女は、意志の強そうな瞳をロルフたちにロックオンしていた。さっきとは雰囲気が違う。腕を組み、じっと見ている。その視線だけは変わっていない。
「……ロルフ。なんか見られてる」
「ああ、なんの用かは知らないけどな……」
サンディも気付いて視線が彼女を捉える。案内人も気付いているようだが、今さら引き返すのもおかしい。そのまま進むのだが――
「ねえ、あなたたち」
その声がロルフたちに掛かった時点で、案内人はさっと壁に避けてしまった。明らかに面倒事を避けている。
王女様は執事など見えていなかったかのように、カツカツと目の前までやってくる。
「……いかがなさいましたか、ミア王女」
ロルフはいたしかたなく慇懃な態度で応え、王女様の名を口にした。
んー、なぜ王女様がわざわざ俺たちに? 面倒事は勘弁してくれよ、頼むから。
疑問は尽きない。しかし、無視するわけにもいかなかった。
「この城から私を出しなさい」
「……えーと、ミア王女。それはどういった意味で――」
「文字通りの意味に決まってるじゃない。外に出たいのよ、私は」
そう言われてもな。壁際で静観している執事を見ると、首を横に振られる。……まあ、当然か。許可もなくやんごとなき身分の人間が外出など出来ないだろう。ましてや外国から来たばかりの冒険者などと一緒になんて。
「それは出来ない様ですが……」
「なんでよ」
いや、何でって言ってもな。どうにも出来ない。
「それを決めるのは私たちではないので……」
「ふーん、そう。しばらく大人しくしてようと思ったけど、やっぱり無理ね」
ん? 蝶? ミア王女の上には紫色の蝶が一羽飛んできていた。どこからやってきたのだろう。
まあ、いいか。いつまでもこの問答に付き合っていられない。ルーシーたちもそろそろうるさく……、なんだ、これ。
ロルフはやけに大人しいルーシーたちが気になり、後ろを振り返ったのだが。
――ルーシーたちは立ったまま目を閉じ、眠っていた。ただ呼吸を繰り返しているだけ。あたりにはいつの間にか紫色の鱗粉が舞っている。
「無駄よ。眠っているわ」
ミア王女は偉そうに胸を張っていた。得意げな顔に腹が立つ。見れば、執事も目を瞑っており、眠ってしまっている。
「あなたも目を閉ざしなさい」
ロルフはミア王女のその命令に逆らえなかった。
この蝶が原因か? くそっ……。
まぶたが勝手に閉じ、ロルフは暗い眠りに落ちていった。
◆
ロルフは目を覚ました。
涙目のサンディが、ロルフを見ている。彼女がこんな風に泣くなんて珍しい。それだけ心配してくれたのだろう。
「……ごめん、サンディ。思い出した」
「本当……?」
傷は塞がっている。我ながら化け物じみた体だ。だが、今はそれはどうでもいい。痒くなるのは仕方がない。あとで皮を剝がさないと。
「ああ、サンディ、ルーシー、レイラ、みんな俺のパーティメンバーだ」
「……そうよ、心配したんだから。ルーシーもレイラも昔に戻ったみたいで……」
確かに。炎狼はレイラが別の国に居た時の話だ。……同じようなことをして助けた。というか、レイラがやっていた行為はそのまんま過去の再演だ。ギルドの見回りまで同じだった。
「ロルフのきざったらしい言葉を、また聞くなんて思わなかった」
「やめろ……。マジで。くそっ、これレイラにも言われるのか?」
ロルフが体を起こすと、場所は変わらずギルドの中だった。天井から入ってくる光が眩しい。
「くすくす。そうね。あの娘はきっと自慢する。幻覚洗脳が解けても、記憶は残ってるから」
「そうなのか。いや、確かにな。俺自身が記憶残ってるし」
ここ二か月間の記憶はばっちり残っている。いっそのこと、ない方が望ましいことが多いのに。
「ルーシーも大興奮ね。きっと」
「あはは、はあ、みんな記憶失くしててくれないかな……」
「それは無理よ。ルーシーはロルフが大好きだもの。魂に刻み付けているに違いないわ」
ルーシーは一番最後にパーティーを組んだ仲間だった。レイラとは別の国で、完全な竜になって暴走しそうになっているのを止めたのだ。それこそ同じやり方で。やはりこれも過去の再演だ。
しかし、サンディだけは再演が無かった。
「サンディは王冠か?」
「そう。自分で鏡越しに命令して、無理やり解いたの。三日は寝込んだわ。頭痛がして」
三日で済んだのか。
そういえば体調の悪そうな時があった。とすれば、レイラの炎狼騒ぎの時にはもう幻覚洗脳は解けていたのだろう。
王冠が認識できない以上、こちらに命令することも出来なかったのか。まさか、死ぬことで幻覚洗脳が解けるとも思わなかったけど。
サンディにとっては賭けだったのかもしれない。
ルーシーの時も一時的に覚めたけど、一瞬だし、そばにはミアがいたからな。そういえば、あそこにも蝶がいた。すぐに幻覚洗脳を掛けられたのか。
「ロルフったら、ずっと王女様と一緒にいるんだもの。中々殺せなかったわ。近くには必ず蝶がいるし」
そう言われると確かにそうだった。監視の役割も果たしていたのだろう。
「それにしても、幻覚騒ぎの犯人が王女様とはな……、王は心労で倒れるんじゃないのか?」
「そうね……。別の意味でも卒倒するんじゃないかしら。溺愛してたみたいだし」
「どういう意味だ?」
「あら、二か月近く一緒にいて気付いていたでしょ。結構いい思いをしたんじゃないのかしら?」
「やめろ、手なんか出してないぞ」
王女様の幻覚では彼女の執事役になっていたが、途中から様子がおかしくなり始めていたのには気付いていた。
気付いていて、気付かない振りをしていたというか。執事という立場がロルフの中で邪魔をしていたのだろう。その辺、ミアは予想外だったのかもしれない。
「ふーん。どうだか……。ロルフって、レイラとか、ルーシーとかたらし込んでいるじゃない」
「はあ……、サンディ。そんなに示して欲しいなら、後でいくらでもしてやるからやくなよ」
「は、はあぁっ? やいてなんかいないわよっ!」
「はいはい、今はこれで勘弁な」
ロルフはサンディを引き寄せると、強すぎるほど抱き締める。ぎゅうと自分の気持ちがしっかり伝わるように。
「な、なによ。ロルフっ、んぐっ」
サンディにキスをした。今までの分を込めて、長く、長く。彼女の寂しさを紛らわせるように。
「っはあっ。もう、やいてないんだから……。あとで覚えてなさいよっ」
可愛らしい憎まれ口はロルフにとって、懐かしく楽しいものだった。だが、いつまでもこんなところでイチャイチャしているわけにもいかない。
サンディはキスが無くなると、さっと立ち上がって離れる。腕を組み、ぷりぷりと怒っているが。
「はぁっ、もう。ロルフがさっさと目を覚まさないからこうなるのよ。この状況、百パーセントあなたのせいよ」
「この大量の蝶のことか? まあ、ミアがなにかを気に入らないからなんだろけど」
「ミアー? ロルフってこれだから……。なんでこんな男好きになっちゃったのかしら」
「おいおい、酷い言い草だな。もう一回気持ちを伝えないとダメか?」
「……ふんっ、しなくていいわよ。さっきので十分よ」
顔を真っ赤にして髪をいじり出すサンディ。普段のツンケンした姿同様にかなり可愛かった。ロルフは思わず、じっと見つめてしまう。
「あー、もうっ、さっさと何とかするわよ。元々そのためにこの国に来たんでしょっ!」
そうだが……。しかし、どうしたものか。
「んー、とにかくミアを見つけないと。彼女しか幻覚洗脳は解けないだろうし。蝶もどうにもできない。でも屋敷にもいなかったし……」
「私が分かるから大丈夫よ。それに王冠もある」
「でも、視認させないと……」
「ロルフがなんとかしなさいよ。あなたのせいでこうなってるんだから」
まだロルフが原因で、ミアがこういうことをしたと分かっているわけではないのに、サンディはやけに断定口調だった。
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