第26話「蝶は認めない」

 ルーシーの破壊力は凄まじかった。思わず、うんと頷いてしまいそうになる。

 間接照明に照らされた金髪は艶やかで美しい。覗いてくる瞳は琥珀の様に美しく、透明感があった。顔立ちは幼いものの、ルーシーは間違いなく美人の部類に入る。ピンク色の唇に目を奪われそうになるのを、必死に抑えた。


「しない。俺はまだミアを見ていないと、ダメなんだ」


 じっと見てくるルーシー。

 ロルフもまた、覗き返す形でしっかりと目を見て話す。どういう経緯でこうなったかは分からないが、まだ、ミアを一人にするわけにはいかない。いつ離れられるのか、ロルフにも分からないが。


「……まあ、そう言うと思った。やっぱり、ロルフはロルフだね」


 ルーシーはロルフの言葉にうんうんと頷く。


「私もねロルフと同じ。なんか、いつの間にか、ミアのメイドになちゃったけど――まだね、こういうのはいいんだ。だから、最初から私も結婚するつもりは無かったんだよ。大体、こんな形でロルフと一緒になりたくないもん」


 ミアのことを語るルーシーは、とても優しい表情をしていた。親友を見守る、慈しむそんな感情が込められている。

 仲がいいのは当然知っていたが、ロルフは嬉しくなった。自分がこんな友人を持てている事実に。さらに、ミアにはこんなに思ってくれる親友がいて。確認できて、胸が一杯になる。

 同時に、ルーシーからの言外に含められた意味に気付かないロルフではなかった。こんな形、そうでなければ違うという。

 態度にこそ示されていたのはもちろん気付いてはいたが、言葉にされるとこそばゆいものがある。

 掴まれている手を急に意識してしまいそうになる程には。


「ありがとう」

「くすっ、なにそれ。お礼言われることはなにもしてないよ。どっちかというと怒られることかも」


 そう笑うルーシーは、魅力的だった。

 そこからは、ただの食事会になった。ただただ楽しく話し、食事をする。なんてことない。それが幸福で愛おしくなる、とても大切な時間に。

 話のほとんどがミアだったのは、ご愛嬌というところだろう。

 ルーシーが話している最中で、ロルフはふと気になった。

 誰も意識出来ていないのだからしょうがないのだろう。しかし、どこから入ったのか、個室には――紫色の、一匹の蝶がふわふわと所在なさげに飛んでいる。

 ロルフは、それが妙に頭に引っ掛かった。



 ミアは混乱の極致にあった。

 満月の夜、ミアの蝶が鱗粉を散らしながら飛んでいる。紫色に光り輝く、美しく、妖しく、卑しいミアの分身。願望。

 ベッドのある寝室。ミアによって抱かれている人形は苦しそうに歪められている。ツインテールを解かれた銀髪は、その神聖さを取り戻したかのように美しく月光を反射していた。

 ミアの目は寝室を見ていない。正確には見れていなかった。彼女の脳内に反映されているのは、ロルフとルーシーの姿。

 音までは聞くことが出来ないのが、もどかしかった。この力は肝心な所で役に立たない。

 どんな会話をしているのだろう? どうして楽しそうな顔をしているのだろう?

 イレギュラーは把握していた。でも一向にどこから発生してるのか分からなかったのだ。そのせいで、予測が出来ない。こうして対処が遅れる。

 今日はロルフのお見合いの日。直接行くのも構わないが、どうやってもバレる気がした。だから、と。蝶を通して見ることしか出来なかった。

 ホテルの場所は分かっていた、時間も。ギルド長の妻は、ミアのことを本当の娘だと思って、教えてくれた。天然なようでいて、あの人は中々に鋭い。さすがはギルド長の妻といったところか。

 ミアがロルフのお見合いをメイドから知った時、そこまで気にすると分かっていたのだろう。日時と場所まで教えてくれた。ただし、絶対にくっついて行かないことを条件にして。

 このあいだ、ロルフに言ったことはほとんど嘘だ。お見合いなんて望んでいない。ロルフにはミアの執事でいてもらわないといけない。そうじゃないなんて、ミアは望んでいない。

 なのに――この状況はなんだ。

 蝶を通した視界の中で、二人は笑い合っている。ルーシーは普段のメイド姿と異なり、大人っぽく、同性のミアから見ても見惚れるほどだった。

 ロルフはお見合い用なのか、いつも緩めているネクタイをきちっと締め、恰好良かった。ミアが一度だけ見たことのある姿。お似合いの二人だった。

 視界がぼやけた。

 もう、これ以上はダメだった。見るほどに、胸が苦しくなる。私の執事――ロルフが遠くなっていく。親友であるはずのルーシーが別のものになっていく。

 ミアはまぶたをぎゅっと閉じ、開く。目の前には、綺麗な夜景の見えるレストランじゃない、自分のものになっているベッドがあった。

 まだ、視界はぼやけている。

 目が熱く、胸は痛い。頭がぼーっとして、考えることを拒否していた。唇にしょっぱい水の味が入ってきた。

 ――ああ、なんでだろう。なんでこうなったのだろう。こんなはずでは無かった。好きになるつもりは無かった。ほんの息抜きのつもりだったのに。

 もう戻りたくない程に幸せになってしまっていた。


「……私の幻覚洗脳なのに。……なんで、思い通りにならないの?」


 呟いて思う。誰かが妨害している。ミアとロルフ、二人だけの幸せに水を差そうとしている奴がいる。

 一体、誰だ。

 ミアは悔しかった。こんな形で終わらせたくない。まだまだ傲慢のままで、夢を見させてくれなければ困る。いや、現実のままでなければ、いけない。

 一度、リセットしなければ。こんな未来は認めない。

 これはミアの望んだ幸福では決して、ない。


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