第11話「王子様はいない」

 お見合いの日が来た。貴族同士の結婚のため、形式でも必要らしい。本来は性格や条件など、お互いのことを確認するんだろうけど……。今回は違う。お見合いとは言っているが、そんなのは名ばかりだ。アークレーンがただ単に吟味しにくるだけだ。私が新しいオモチャに相応しいかどうか。

 気分は最悪だ。だが、今は我慢するしかない。どうせ、今日は数時間会ってそれで終わりだ。


「あなたはここで待っていなさい」

「はい、お母様」


 屋敷にアークレーンが着いたのだろう、迎賓室に集まっていた私たち三人のもとに執事がやってくる。両親は私を部屋にいるように言い残し、迎えに行った。

 写真の通りなら、近付きたくもない。あの噂が本当なら、ぶっ殺した方がこの国のためなんじゃないかな。

 一人で物騒なことを考えていると、にわかに部屋の外が騒がしくなり始めた。


「いやー、さすがサンドリア家ですねー」

「本当ですわー」


 両親の分かりやすいおためごかしが聞こえてくる。調子のいいことを。部屋の扉が開き、両親と男が入ってくる。

 ルーシーは、ため息を吐きたくなった。


「あははっ、そんなことはありませんよ」


 男の声は肌をざわつかせるものがあった。それに両親に対して、声音からどこか傲慢さが垣間見える。

 やっぱり、会う前に逃げればよかったかも……。

 早々に今日を乗り切る心が折れそうになる。


「おお、彼女がそうですか?」


 アークレーンの舐めるような視線が私の肌を這った。思わず、両腕を抱えそうになるのを抑える。

 怒りさえ湧いてくる。お前がそういう視線で見ていいものじゃない。

 しかし、私はそれを抑えて表情を作った。ソファーを立ち上がり、カーテンシーを行う。


「お初にお目にかかります、アークレーン様。私、ルーシー・イングリスと申します」

「うむ。私がアークレーンだ。よろしく」


 アークレーンはそう言って、私の向かいのソファーに座る。

 ……それにしても想像以上だ。いや、写真以上と言うべきか。肌を粟立たせる視線や言動、すべてがこちらを女性として警戒させる。もはや天然記念物じゃないだろか。噂は本当だろう。

 私に続いて、両親が話しながら両サイドに座った。

 くだらない世間話が延々と続く。お互いの家について、お金のこと、アークレーンの自慢と両親の太鼓持ち。耳が腐りそうだった。

 アークレーンの目が、つとこちらを見たのが分かった。それだけで背中に怖気が走る。


「……そろそろ見せていただけないでしょうか? 例の腕を」

「おおっ、これは申し訳ない。そうですな。おい、ルーシー」

「……はい」


 だいぶ話し込んでいたが、さすがに我慢の限界らしい。アークレーンは興味深々と言った様子だ。余程、この腕にご執心なのか。

 私はソファーを立ち、テーブルの横に行く。腕を見て、奇怪すぎるあまり、こんな奴は要らないと言い出す可能性もないわけではない。

 一部の希望に縋りつつ、私は真っ白なワンピースの腕を捲る。すぐにアークレーンの汚らしい視線が這い回り、鳥肌が立った。


「では、見せます」


 私は魔力を腕に流した。変化はすぐに訪れた。

 今回はゆっくりだから変化もそうなる。徐々に腕が太く、大きくなっていく。鱗が覆い、爪は人間とは思えないほど黒く固くなる。少しの白煙を出しながら、竜の腕へと変貌した。自分の体に対して大きすぎるため、先端が床に着く。

 この腕、なにかと役に立つが、大きさだけはいただけない。


「おお……。聞いていた以上だな」


 鼻息も荒くアークレーンが近付いてくるので、思わず後ずさりそうになった。それを寸前で押し込みながら、顔を笑顔にする。ここで不興を買う訳にはいかなかった。面倒な事態は避けたい。

 アークレーンは竜の腕に、なにも言わず触れる。嫌な手つきだった。興奮しているのか、鼻息が荒いのも悪寒を増させる要因だ。


「これは、素晴らしい……。まさしく竜の腕、そのものじゃないか」


 ぺたぺたと触れ、しまいには頬ずりまでし始める。私は笑顔でいるので精一杯だった。

 正直に言えば、ぶん殴りたいことこの上ない。こいつもこいつで、初見なのによく平気で触れるな。

 両親を見れば、明らかにドン引きしていた。その顔が嫌悪で彩られている。二人にこんな顔をさせるとは、ある意味凄い。

 そこだけは面白い。


「ア、アークレーン様。お気に召しましたでしょうか?」


 弱々しく尋ねるお父様にアークレーンは喜色満面だった。その顔をこちらに向ける。


「ああ、気に入ったよ。この生意気そうな瞳もいい。こういうのはよく鳴くからな、はははっ」


 下卑た笑みを浮かべるアークレーン。好色そうなその瞳の奥に、身の毛もよだつ想像が広がっているのが嫌でも分かった。


「そ、そうですか。では、おいっ」


 お父様の言葉を合図にアークレーンは、ぱっと腕を離した。そこへ、私の近くにいたメイドが竜化している腕を急に掴む。もう一方の手には、なにかの針があった。

 なにしてるんだろ? 針なんかこの鱗は通さないのに。ルーシーは意味のない行動をするメイドを不思議に思う。

 メイドが針を持ち上げ――一瞬にして鱗の中へ刺し入った。

 ぼーっと見ていたルーシーは驚愕で目を見開いた。呻き声も出ない。

 なっ、ありえないっ。剣も切りつけられないこの腕がっ……。

 すぐに、明らかに体の中になにかが回り始めたのを感じた。寒気が全身を覆う。力が抜け、その場に倒れ込む。


「おお、疑ってたわけではないのですが、本当に効きましたな。さすがアークレーン様」

「ふん、当たり前だろう。家では性懲りもなく逆らうやつが多い。特に亜人種系は力があると思って傲慢だからな。その躾け薬だよ、これは」

「さすがです、アークレーン様。あっはは」


 なにを言っているの、この人達は。一体なにが起きているの。

 お父様っと叫ぼうにも、出ない。代わりに漏れたのは、あーともうーともつかない呻き声だけだ。

 近くにいたメイドは私を抱きかかえる。

 すぐにアークレーンの腕へと移された。男の腕が私の体に触れ、ぞわぞわと悪寒が止まらない。吐き気すらしてきそうだった。


「それでは、アークレーン様。今後のことよろしくお願いします。今夜からルーシーは好きにして頂いて構いませんので」

「分かってる、部屋を借りるぞ。ああ、汚してしまったらすまんな。はははっ」


 ……なにそれ、聞いていない。好きにってなんだ。いやだっ。

 頭が勝手に想像してしまう。これからきっと屋敷の部屋に連れてかれるのだろう。そこでなにをされるのかは分からない。私には思いつかない。知りたくもない。

 誰か助けて欲しい。ミアちゃん、レイラ、サンディ、ロルフ。次々彼らの顔が浮かぶ。

 ――ミアちゃんがロルフに突っかかり、レイラが宥めている。サンディはそれを呆れた目で見ており、私はロルフに抱き付いて、場をかき乱す。とても安心感があり、幸福で、楽しくて。

 そうだ、私が抱かれたいのは決してこの男の腕では、ない。

 アークレーンはのっしのっしと、どんどん今夜泊まるであろう部屋へと私を抱えて、進んでいく。

 ……いやだ。




「いやだっ!」




 声が出た。次の瞬間――全身が熱くなり、裂けるような痛みが襲った。あちこちから煙が出始める。


「なんだっ!」


 アークレーンの慌てた顔が愉快だった。私の頭が、首が、お腹が、足が破裂する。轟音とともに体が一気に変化を遂げた。



 ああ、もうどうでもいいや。

 真下には倒壊した屋敷が見える。瓦礫だけが残っており、もはや跡形もない。完全に竜と化した私の体はそれだけで脅威だろう。

 変化の途中で屋敷を壊した。家の中にいた両親、姉、兄、使用人たち――アークレーン含めその関係者、みんな死んだのだろうか。

 ……死んでしまえばいい。

 みんな、私のことを誰も聞いてくれなかった。見てくれを罵り、力を恐れる。私は人間で女。化け物などでは決してなかったのに。ただの子供だった。

 私は屋敷の上を飛んでいた。

 満月が眩しい。感覚が違う。竜に一部変化していた時の腕の感覚が全身に感じる。暴れんばかりの力が溢れ、遠くが見えた。

 あーあ、まだ、彼らにお別れも言っていないのに。

 今の私は竜。国に見つかればきっと殺害される。それは間違いない。庇えばその人物も処刑。竜とは災害。人間ではなく、動物ですらない。

 逃げなくては。死にたくはない。なんのために? 暴れるためだっ! いや、違う。人間を殺さなくては。ダメ、これ以上人を殺したくはない。無関係な、関係ないだろっ! ああ、ああっ!

 頭が溶けていっている。思考があやふやになっていく。繋がらない。ずっと頭の片隅にあった光景が、今になって思い出される。

 教会前の大広場。炎の狼。ロルフは抱き締めていた。言葉を掛けていた。私はただ見ていた。平気な振りをして。今すぐ叫びたい声を押し殺して。泣きだしたい衝動を抑えて。どうしてだろう。なぜだろう。

 私に王子様はいない。


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