第9話 証拠

「何、見ているんだよ。いいのか? かかりつけ医が来て死亡診断書を書くそうだ」

「いいも悪いも、人が死んでいる以上、死亡診断書をもらわないわけにはいかないでしょう?」


 医者の到着までに檜家を出なければならない、と現一狼は現実に戻る。


「でも、病死にするんだそうだ」


 渥がに落ちない顔で言った。

 現一狼も部屋の扉を振り返る。

 結城は明らかに、病気で死んだのではなかった。

 

「誰がそんなことを?」

「岩田さん。いつもそうしているからって」


 不機嫌な渥は、壁を殴り破りそうなくらい、いらいらしている。


「いつも、っていうのは?」


 おそるおそる尋ねるとにらまれた。


「四十年前に殺人事件があったそうだ。そのときも、そうしたからって。俺は黙っていろってさ。おまえも疑問があるなら、岩田さんか兄さんに聞けよ」


 歩き出す渥に声を掛けようと足を踏み出す。と、何かを踏んだ。足を上げると木片があった。さっき、岩田が扉を引いたときに欠けたものだ。身を屈めてつまみ上げる。


「これ」


 そのとき、錦、とプレートの掛かった部屋から由希が出てきた。

 渥が振り返って、ああ、と言った。

 

「兄さんは話ができるかな? 応接間、片づけたいんだよ。この男が泊まるだろうから」

「泊まる? どうして僕が?」


 木片を指先でもてあそびながら尋ねる。


「だって、死体を発見して、そのまま放っておく気か? 鍵の掛かった部屋もな。俺は嫌だ。あんたは違うのか?」

「僕は、正義面した探偵なんてできませんよ」


 現一狼は眉を寄せる。


「さっきは部屋を調べていたんじゃないのか? 結城がなんで鍵のかかった部屋で死んでいたか、とか、知るためじゃないのかよ?」

「そんなことして何になります?」

「本当のことがわかる」

「だから、そんなことをしたって」


 謎の解明が、誰かの幸福につながるとは思えない。亡くなった結城が報われると言えばその通りだが、結城が「龍」と関係していたとすれば報いてやる気にはなれない。解いても黙っても、必ず誰かが傷つく。のっぴきならぬ傷を負う。

 

 指先の木片を砕いてしまいそうだった。気づかれないように袂(たもと)にしまい、部屋を振り返った。密室だった現場の木戸は、まだ、鍵が掛かったままだった。


 謎は謎のままでいいときもある。


「人は傷つくために生きているんじゃない」

「質問の答えになってないな」


 渥はそれ以上、問い詰めなかった。現一狼に背を向ける直前、渥が小さく笑ったように見えた。

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