落穂拾い
笠井 野里
落穂拾い・前編
「彼」は金がなかった。どうしようかと困っていた。今では彼もあるSNSサービスの若社長ではあるが、これは彼の昔話である。彼はこのときにはすでに、何か起業をしようという、高い志があった。目標、夢、価値、このようなものに猛進できる、妄信じみた…… いや起業をして、ある程度の成功を収めているのだから、妄信ではない、自己肯定に満ち溢れた―― つまり、典型的な意識高い系の学生だった。
多摩の
彼はともかく、コネクションづくりと言って、都内に繰り出し、なにやら高尚で夢があり、お馬鹿さんにはわからないカタカナ語が飛び交うような頭のよい大学生たちの食事会に相当な数、行っていた。
しかし、馬鹿にしちゃあいけない。この何某園で高い金だして飯を食うことは、ともかくなにやら価値があるようだ。彼の周りの友人は、今や価値に溢れた人ばかりである。地元にごまんといる高卒専門卒で工場か土方かなんかをやってるやつ。偏差値五十にさえ満たない地元の大学に進んだようなやつ。そういう先が見えていない馬鹿で害悪であるような人は、彼の周りにはいなかった。ビジネス用語が飛び交い、英語なのか日本語なのかもよくわからない、空虚で変な言葉ばかりのその空間は、先が見えていて、資本主義的で、ともかく有意義なのだ。
そういうわけで、彼はギャンブルや女、浪費のために金がないのではなくて、有意義な先行投資のために、
二限にあった経営学の授業を終え、大教室でぼおっとしている、鼠色したスーツに黒光りする革靴を履いた彼は、ぐうぐう鳴る腹を抑えて、飯について考えていた。冷蔵庫の中にはもうなにもなかった。米は残っていたが、おかずはない。スティーブ・ジョブズならどうするか、
「米だけで飯を食えばいい」「
という見事な言葉を残している。
しかしこれは採用されるはずもない。彼の脳内辞書に、私のアフォリズムはないのだ。さらに言うなら、米だけで飯を食うという提案は、「パフォーマンス」が低いのである。私のような、ぶしょったい(静岡の方言である、だらしないの意)人間は、白米だけでおかず要らぬというぐらいであるのだが、彼はそうも
結局彼が様々な思考法をうんちゃらかんちゃら、脳内に図を描き、
「農家のお爺さんお婆さんに話しかける」
という珍妙なアイデアだった。お爺さんお婆さんは寂しいだろう。なにをしているのかと若者が話しかけたなら、気を良くして色々喋り、野菜をくれるに違いないとのこと。どこからそんな発想が出てくるのか、ともかく彼は、八王子の小高い丘にあるキャンパスを出て、茶色の目立つ風景に足を運んで行った。
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